挑み続けた44歳「元格闘家」の明るすぎる転身

引退後に強い輝きを放ったメンタリティ

格闘技とフィットネスを融合したトレーニングプログラム「ファイトネス」を主宰する大山峻護(筆者撮影)

都内のビルの一室にあるトレーニングジム。ビルのエレベーターを降りると、扉の向こうから、大きな声が響いてきた。

「ストレート!」「ジャブ!」「ワンツー!」

この明るく元気な声の主は、格闘技とフィットネスを融合したトレーニングプログラム「ファイトネス」を主宰する大山峻護(44歳)だ。最強一族といわれるグレイシー一族からの2度の勝利をはじめ、かつての格闘技全盛時代に、PRIDEやK-1HERO’Sなどで活躍した元総合格闘家の大山をご存じの方もいるだろう。

現在、主に企業研修の一環として「ファイトネス」を導入し、格闘技の楽しさを伝えるとともに、健康的な体づくりと、くじけないメンタリティを育む活動を行っている。

この日は、企業の経営者を対象にした「経営者ファイトネス」が行われ、集まった十数人の経営者らとともに、楽しみながら一緒になって汗を流していた。

ヒーローになれなかった格闘技人生

大山は、幼少の頃、ウルトラマンの強さに憧れた。ウルトラマンのように強くなるために、5歳の時に始めたのは柔道だった。中学2年の時には、柔道の私塾「講道学舎」の門をたたき、シドニー五輪の81kg級金メダリストの瀧本誠ら、名だたる同期とともに汗を流し、その後も柔道の強豪校へ進学。まさに柔道漬けの青春時代を過ごした。

ゲーム要素を織り交ぜながら、参加者と一緒に「ファイトネス」のメニューを行う大山峻護(筆者撮影)

この頃、憧れていたのは、「平成の三四郎」と呼ばれ豪快な一本背負いを得意とした古賀稔彦。彼のように強くなりたいと強く願った。

だが、大山は、自身が思い描くような結果を残すことはできなかった。柔道一筋だった大山に転機が訪れたのは、格闘技バブル真っ只中の2000年5月1日。突然、大山の目の前に新たなヒーロが現れた。

「IQレスラー」と呼ばれる独創的な戦いで人気を博した桜庭和志だ。この日、「PRIDE GRANDPRIX 2000」を東京ドームの最上階から観戦した大山は、桜庭とホイス・グレイシーとの一戦に心を奪われ、全身が震えるほど感動した。そして、その心赴くままに、すぐさま総合格闘技の世界へ飛び込んだ。

2001年、大山はアメリカの総合格闘技大会でプロデビューを果たし、その後、PRIDEやK-1HERO’S、パンクラスなどのリングを渡り歩く。2014年に現役を引退するまでの間、記憶に残る勝利もあったが、総合格闘家としての大山もまた、最後まで桜庭和志のようなヒーローにはなれなかった。

次ページ引退時に味わった喪失感が今の原点
ライフの人気記事
トピックボードAD
関連記事
  • 今さら聞けない競馬のキホン
  • ソロモンの指輪〜「本能と進化」から考える〜
  • ソロモンの時代―結婚しない人々の実像―
  • 御社のオタクを紹介してください
トレンドライブラリーAD
  • コメント
  • facebook
0/400

コメント投稿に関する規則(ガイドライン)を遵守し、内容に責任をもってご投稿ください。

アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
集中連載「日立 踊り場の先へ」<br>世界で戦える組織へ

成長を確実にする組織の根幹を成すのが、研究開発と人事である。研究開発体制は2015年4月、各研究所に横串を通し、顧客起点の組織に生まれ変わらせた。人事制度もグローバル化がほぼ完了。踊り場から飛躍へ、日立の地固めの様相を追う。