世界初の地下鉄がキュウリに例えられた理由 英国公文書で分かった「地下鉄」の誕生秘話

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記念すべき日は1863年1月10日。世界初の地下鉄が開通し、パディントン駅―ファリンドン・ストリート駅を走行した。地下鉄は当初蒸気機関車を使ったため、トンネルの中が煙だらけで信号が見えなくなることもあった。そこで、先のシールド工法の利用と列車の電気化が進められるようになった。

シールド工法は筒状の掘削機を使うので、断面が管(チューブ)を切ったような円形になる。英国の地下鉄は「アンダーグラウンド」(「地下」の意味)と呼ばれるが、同時に愛称が「チューブ」となったのは、ここからきている。

「ようこそ!地下鉄へ」のポスター

公文書館に収められている、地下鉄の利用を勧めるレトロ風ポスター(1911年)を開いてみた。ポスターの真ん中には、大きなキュウリが描かれている。一番上には、当時運営していたセントラル・ロンドン・レイルウェイ社の名前が見える。その下に「ここにいらっしゃい!」。その下には「……ようにクールだから」とある。何のように「クール」なのか?

セントラル・ロンドン・レイルウェイ社のポスター(筆者撮影)

ここでキュウリの出番になる。英語の慣用句で「キュウリのようにクール(cool as a cucumber)」という言い方がある。キュウリは確かに、触るとヒヤッとして冷たい=「クール」である。

しかし、「キュウリのようにクール」と言えば、「何か驚くべきことが起きているのに、非常に落ち着き、リラックスしていること」の意味になる。「クール」という言葉だけを取り上げれば、「冷たい」のほかに「格好いい」という意味合いもある。「クールジャパン」のあれである。

「触ると冷たい」「落ち着いている」「格好いい」……そんな諸々の印象がキュウリの絵とともに伝わってくる。

キュウリの中には、ロンドンで3番目にできたセントラル・ライン(開通1900年7月30日)の地下鉄の駅の名前が並んでいる。その下には「ザ・チューブ(地下鉄)」と書かれている。その下の語句を続けて読めば、「地下鉄は、行きたいところ(そこ)にあなたを連れていってくれる!」。1911年当時、このようなポスターがたくさん作られ、地下鉄の乗客を増やすことに一役買った。

当時、どれぐらい長く乗っていようと、乗車券は片道2ペンス。2ペンスは英語で「タッペニー」とも言うので、地下鉄は「タッペニー・チューブ」と呼ばれることがあった。

1911年の夏は特に暑い夏だったという。7月と8月の気温は36度を記録したことがあり、東京に比べて気温が低いロンドンにしてみれば、これはかなり暑いことになる。タイムズ紙は「熱で死ぬ」という見出しのコラムを掲載したほどだ。

そこで、汗をかきながら地上を歩くよりも、地下鉄に乗ればあっという間に目的地に着きますよ、と宣伝した。ただし、実際に地上よりも地下のほうが涼しかったのかどうかは定かではない。

小林 恭子 在英ジャーナリスト

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こばやし・ぎんこ / Ginko Kobayashi

成城大学文芸学部芸術学科(映画専攻)を卒業後、アメリカの投資銀行ファースト・ボストン(現クレディ・スイス)勤務を経て、読売新聞の英字日刊紙デイリー・ヨミウリ紙(現ジャパン・ニューズ紙)の記者となる。2002年、渡英。英国のメディアをジャーナリズムの観点からウォッチングするブログ「英国メディア・ウオッチ」を運営しながら、業界紙、雑誌などにメディア記事を執筆。著書に『英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱』。

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