両備「赤字バス廃止」が突き付けた重い意味 地方公共交通への競争原理導入は適切なのか

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両備HDの真意は、廃止届という形で経営環境が厳しい時期の法規制のあり方や、公共交通の維持のあり方に一石を投じることにあると考えられる。したがって路線廃止が究極の目的とは言えないが、ここで国や地方自治体が危機感をもって公共交通ネットワークの必要性と維持方法についての議論に向かわなければ、乗務員確保も厳しい状況下で縮小はやむなしとなりかねない。

一方で、両備グループの問題提起は、筆者ら専門家には理解できるが、バス事業の現状や法的な仕組みなどを知らない多くの市民に真意がどこまで伝わるのかは微妙だろう。残念ながらこうしたバス業界の事情が伝わっていない一般市民・利用者には「廃止」だけが独り歩きすることになりがちである。筆者の知人に倉敷市在住の娘さんがいて、かかってきた電話も「うちの近くのバスが廃止になるんだって。たいへん」というものだったそうで、おそらく一般的にはこのような認識の範囲にとどまるのではないか。本質をわかってもらうためにはきちんとした情報提供が求められる。

そして両備HDの提起を、超高齢社会を迎える中で、交通ネットワークをどう維持していくのかを議論するきっかけにすべきである。幸い、これまで法定会議すらなかった岡山市でもこれを機に会議体をもって議論する方向を見せているようだし、かつて筆者も公共交通ビジョンの議論に関わったものの、その後何度も担当が変わる中でうやむやになってしまった岡山県にも刺激を与えることになろう。いずれにしろ行政がまず本気でこれからの交通を考える姿勢を見せることが、住民を啓発し、みんなで考えることにつながる。

利用してもらうための工夫を

今はまだマイカーを運転できる人が多く、バスがなくなると困るという人は実質あまりいない。ただ、何もしなければ高齢化が進み、車を運転できない人が増えるであろう5年後、10年後にはバスがなくなっているかもしれない。行政は今ある資源を有効活用し、将来に維持し続けられる仕組みをつくる必要がある。一度崩壊してしまうと再構築は容易でない。住民もバスは事業者が走らせるものだという人任せの意識でなく、一人ひとりが自分のこととして考えてほしい。そして筆者の持論だが、行政、事業者、住民が本音で話し合い、信頼関係を築けたところがより良い交通ネットワークを構築できるのである。

人手不足の中でも、現行の仕業(交番)数を変えずにダイヤを調整することによって、たとえば等間隔ダイヤや最終便の延長を実現し、新たな需要を取り込んだ事例もあるし、効果的なインフォメーションを工夫するだけでも「わかってもらう」ことから利用につながるものである。また乗務員の笑顔や声掛け、車両をきれいに保つだけでもバスのイメージは大きく変わる。こうした乗ってもらうための工夫は事業者も、行政も発想を変えてともに取り組む必要があろう。

※ 両備HDは3月15日、地域協議会の開催が決まったことを理由に31路線のバス路線廃止届を取り下げたと発表した。今後も「地域公共交通の未来のために提言を続けていく」としている。
鈴木 文彦 交通ジャーナリスト

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すずき ふみひこ / Fumihiko Suzuki

1956年山梨県生まれ。東北大学卒業後、東京学芸大学大学院で交通地理学を学ぶ。以後フリーの交通ジャーナリストとして月刊『鉄道ジャーナル』にレギュラー執筆するほか、バス・鉄道に関する著書・論文、記事多数。近年は交通事業者や地域のアドバイザーをはじめ、講演活動も行う。

NPO法人日本バス文化保存振興委員会副理事長

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