高所得層に「増税」、低所得層に「減税」が筋だ 給与所得控除と基礎控除を合わせて議論せよ

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だから、これまで述べてきたような給与所得控除の見直しというのは、給与所得控除の上限に直面する人の給与収入を1000万円より下げるという前提に立たないと、つじつまが合わない。

より具体的にいえば、今の給与所得控除は、給与収入が1000万円の人は220万円、950万円の人は215万円、900万円の人は210万円、850万円の人は205万円……となっている。もし、1000万円以上の人だけ控除額を210万円に減らすと、950万円の人のほうが215万円とより多い控除額が受けられ、控除額の”逆転現象”が起きてしまう。だから、1000万円以上の人の控除額を減らしたければ、1000万円未満で高所得の人の控除も合わせて減らさなければ、制度として成り立たなくなる。

ではどこまで給与所得控除を減らすか。これは、基礎控除をいくら増やせるかにかかっている。先に述べたように、高所得層には控除を減らすが、低所得層には控除を増やす。給与所得控除と基礎控除の合計額が同じなら、その人にとって増減税はゼロ。控除を減らす対象とする高所得層について、どの程度の課税前収入に照準を絞るかだ。

単純に、今の給与所得控除の上限だけを下げるという見直しで進めるとすると、給与収入が1000万円以上の人の給与所得控除を20万円下げるとすれば、800万円超の人は、給与所得控除が減らされることとなり、これだけだと、増税になってしまう。当然、1000万円以上の人は増税となるが、800~900万円程度の人が高所得層といえるかは微妙である。

給与収入900万円を増減税ゼロとすれば・・・

そこで、基礎控除をそのゾーンの所得層に10万円増やすことを同時に行えば、給与所得控除が今の制度で210万円となる”給与収入900万円”の人が、ちょうど増減税ゼロとなる。それ未満の人は減税、それより多い人は増税となる。なぜなら、給与収入900万円の人は、給与所得控除の上限が200万円に下げられることで控除額が10万円減る代わりに、基礎控除が10万円増えるからだ。

税収面からみてみよう。給与所得控除の上限を、2017年から1200万円以上の人に230万円としていたのを、1000万円以上の人に220万円としたことで、810億円の税収増を見込んだ。だから、給与所得控除の上限を今よりさらに10万円下げる(給与収入900万円以上の人に210万円)とすると、税収増は1000億円強となりそう。もっともその程度だと、低所得層を中心に基礎控除の増額に充てるにせよ、多く増額するのは難しい。基礎控除の増額によって所得税減税となる所得層の人数が多いからだ。かなりアバウトにいえば、低所得層の基礎控除を10万円増やしたければ、給与所得控除の上限を20万円以上下げなければ、帳尻が合わないだろう。むろん、給与所得控除の上限を下げても、低所得層はまったく影響を受けない。

ただ一方で、給与所得控除の上限を下げると同時に基礎控除を増額することで、低所得層に恩恵を与えるという策にも、厳しい限界がある。それは、”課税最低限以下の人”には、恩恵が及ばないことだ。給与所得者の課税最低限、つまり所得税の納税額が発生する最低の給与収入水準は、単身者では121万1000円、夫婦のみや夫婦子1人では168万8000円、夫婦子2人では285万4000円。それ以下の所得層には所得税の控除見直しの恩恵はほぼ及ばない。真に所得格差是正に資するような所得税改革を行うには、所得控除のままで控除を見直しては無理であり、所得控除を税額控除(給付の財源にすることも含む)に改めなければならない。

給与所得控除の見直しは、所得格差是正のためには避けて通れない。しかし、「公的年金等控除」の見直しもまた、忘れてはならない。このままの印象だと、給与所得控除を先に改革し、勤労世代だけをターゲットにしているように見えかねない。公的年金等控除の見直し、つまり公的年金等控除と給与所得控除をダブルで受けられる問題こそ、早急に実施しなければならないのだ。世代間格差も世代内格差も是正する見直しによって、税制の公平性を高めることができる。

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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