ミスター社会人に学ぶ、40歳超でも輝く術

後悔をモチベーションに変えるパワー

41歳になったいまも現役にこだわる理由は、過去の悔恨と無関係ではない。西郷は20代の頃に1度、自分で野球をあきらめかけた経験がある。

95年、西郷は日本代表入りを果たした。日本・キューバ選手権で初の国際大会に挑み、翌年のアトランタ五輪では2番・レフトとして銀メダル獲得に貢献する。90年に三菱自動車川崎(後に三菱ふそう川崎と改称)に入社した当初は「期待もされていなかったし、2、3年でクビになるような選手」と自覚していた分、ガムシャラに練習した。三遊間に流してのヒットは「楽に打てる」と言うほどバットコントロールを磨き、アマチュアトップクラスの打者に登り詰めた。

「ダメな人間でした」

だが、秋になる度、プロ野球のドラフト会議で西郷の名が呼ばれることはなかった。小さい頃からプロに憧れ、活躍できる自信があったものの、年齢を重ねるにつれ自ら一線を引いてしまう。

「いまだったら27歳でプロに行く人もいますけど、20年くらい前は、24、25歳までに行けなかったら『もう指名されないな』という感じでした。そうやって、自分であきらめた部分はありますね。社会人野球でも30歳はベテランで、35歳まで続ける人はいませんでした。自分は社会人としてどう生きていこうかと考えていましたね」

15年ほど前を振り返る西郷が、達観した表情で続ける。

「いま思えば、それでもプロをあきらめないでやるべきだった。当時はまったくそんなことは思えなかったですね。ダメな人間でした(苦笑)。もったいなかったですね」

夢見たプロの世界をあきらめ、西郷は野球への意欲を失った。当時のチームを率いていた大須賀康浩監督(現・福井工大福井高校監督)に「野球をやめて、社業に就きます」と打ち明けたのは1度や2度ではない。だが、その度に「続けろ」と説得された。そんなやり取りを2、3年続けるうちに、事件は起こった。

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