鎌倉で大人気「江ノ電」かつては廃線の危機も

開業から115年で「沿線風景」は大きく変貌

こうした時代背景の中、乗客の増加や、続行運転の廃止により、「単行車両の出番がなくなり車両の運用が困難になること」(『江ノ電旧型連接車物語』代田良春著)に対応するための増強策として、1971(昭和46)年に上田電鉄からやってきたのが、800形2両だった。ちなみに、その前年の1970(昭和45)年には、44年に廃止になった東急玉川線(玉電)から譲り受けた600形4両がデビューしている。

江ノ電での現役引退後、東急世田谷線「宮の坂駅」隣に保存されている600形。運転席側(写真上)と、車両後部(写真下)。連結した隣の車両に移動できない構造だ(筆者撮影)

800形は、「車両寸法が長く、収容力はあったが扉が両端にあったため、乗降に時間がかかることと均等に乗れないため乗務員に嫌われ、当初は働く機会が少なかったが、中央に扉を増設してからは重宝に使われた」(『江ノ電―懐かしの電車名鑑』代田良春著)という。三浦さんが鎌倉駅構内に留置してある800形を見かけたのは、扉増設前の姿ということだ。

また、玉電から来た600形については、「腰越駅は、今も3両分しかホームの長さがなく、4両編成の場合、駅に到着しても鎌倉側の1両は扉が開きませんが、車内を通って、隣の車両に移動して降りることができます。ところが、600形は、車両の構造上、隣の車両に移動することができないため、学校の行き帰りに利用した鎌倉高校前駅で、”腰越で降りるお客様は、今のうちに車両移動しておいてください”と、しきりにアナウンスしていたのを記憶しています」と語る。昔の写真を見ながらの思い出話は、尽きることがなかった。

江ノ電「沿線散歩」の楽しみ方

最後に、三浦さん流の江ノ電沿線の楽しみ方を教えてもらった。

「踏切をジグザグに渡りながら散歩すると、裏道など、さまざまな発見があって面白いと思います。電車に乗って、ただ通り過ぎるのとは違う沿線の風景や、街のたたずまいが感じられます」という。

三浦元さんと江ノ電300形(筆者撮影)

この日も、三浦さんにお付き合いいただいて、江ノ電沿線散歩をしてみたところ、さび付いた、かつての手動遮断機の遺構があったり、小さな踏切の傍らに、高浜虚子の住居「虚子庵」の跡を見つけたりと、思わぬ発見があった。

また、当時の思い出話をききながら、山の稜線や同じ形の屋根の建物が残っていないかを手がかりに、昔の写真を撮影したポイントを探して歩きまわるのも楽しかった。懐かしさも感じられ、新たな発見もある、こうした一風変わった散歩は、とくに大人の皆さんには気に入っていただけるのではないかと思う。

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