恋人が見つからぬまま、海外勤務になったのは29歳のときだった。駐在先は、日本人会社員の中でもトップエリートが赴任する世界的な大都市である。出会いのチャンスもあったのではないかと聞くと、「英語に自信がない日本人同士で固まっていて、魅力的ではなかった」と秀子さん。ただし、彼女自身も現地になじんだわけではない。
「現地の人たちのコミュニティに参加したことがあります。でも、男性が積極的すぎる。露骨に体目的だったり。絶対にない!と思いました。怖かったです」
かけがえのない存在になりたい!
遊び人っぽくて面白い日本人男性と、まじめな交際をして結婚もしたい秀子さん。かなりニッチな市場である。しかし、ガッツのある秀子さんはあきらめなかった。むしろ、帰国後は結婚への思いは高まっていた。
「私は『自分にしかできない分野で人から必要とされて成長する』ことを生きる原則にしています。必死で仕事をしてきましたが、大企業の社員はしょせん歯車ですよね。かけがえのない存在にはなれません。家庭は違います。うちの両親はすごく仲がよくて、お互いを必要としながら成長し合っている関係です。やっぱり仕事よりも家庭だ!と気づきました」
秀子さんが勤務する大企業は、社員に同質性の高さを求める社風で業界では知られているという。秀子さんの価値基準からは「賢いけれど面白みのない」男性が多い。そんな中で、飛び抜けて優しく人間味のある上司がいた。部長職でありながら、部員と一緒に泥臭い仕事をすることも厭(いと)わない、さわやかな外見の男性だ。
彼の名前を義雄さんとしておく。秀子さんより7歳年上のバツイチ独身男性である。秀子さんは積極的に食事に誘って、月に3回は夕食を共にする関係になることに成功。夏休みは2人で海水浴もした。
しかし、半年ほど経っても、義雄さんは秀子さんとの距離を縮めようとはしない。秀子さんは気持ちを抑え切れず、「大好きなんですけど」と告白をした。義雄さんはなぜか驚愕の表情を浮かべ、信じられない返事をしたのだ。
「オレは全然、君のことが好きじゃないよ。部下が慕ってくれているのかな、としか思っていなかった。オレは恋人もいらないし、結婚もしない」
聞けば、義雄さんは前妻と不幸な形で10年前に死別している。それ以来、前妻の思い出と一緒に生きていくと決めているという。
それは1つの生き方だけど、独身女性の気持ちをもう少し推し量るべきではないだろうか。義雄さんは優しそうに見えて、心の大事なところが欠落しているのかもしれない。
「私の半年間を返して!と思いました。ショックで会社を1週間も休んでしまいました」
無料会員登録はこちら
ログインはこちら