「終夜運転」始めたロンドン地下鉄の光と影 利便性高まったが、ホームレスの「寝ぐら」に

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ナイトチューブは当初、2015年秋の導入を目指していた。この年、英国ではラグビーワールドカップ(W杯)がロンドンの3会場を含む国内11都市で開かれた。世界中から集まるラグビーファンたちが、夜遅くまでパブでビールを飲み交わすと想定されていたため、地下鉄の終夜運行は不可欠と準備が進められていた。ところが「深夜帯の業務に対する手当が足りない」と訴える乗務員組合の抵抗に遭い、度重なるストも発生、ラグビーW杯開催までに導入を果たせなかった。

「ナイトチューブ」の路線図(右)は星空をイメージした濃紺色が使われている(筆者撮影)

その結果、直接的な「とばっちり」を受けたのは観衆たちだった。開幕戦が行われた日の夜、ロンドン西郊外にあるトゥイッケナムスタジアムの最寄り駅から市内へ向かう鉄道が長時間にわたり不通に。その結果、市内に戻ったものの地下鉄の終電を逃し、ホテルにたどり着けなかったファンが続出。「ホテルが1泊8万円もしたのにベッドで寝られなかった」とか、「タクシーをやっと見つけて乗り込んだら、とんでもなく高かった」などさまざまな「被害」が出た。

今のところ、郊外区間を除くほぼ全線にナイトチューブが導入されるのは2020年と予定されている。その頃には、街を横断するクロスレール(エリザベス線)というまったく新たな鉄道が生まれるので、ロンドンの公共交通機関は大きく様変わりしているはずだ。

終夜運行は雇用促進にも寄与

ナイトチューブ運行開始から1年が過ぎた今年8月、サディク・カーン・ロンドン市長は「想定以上に経済効果が上がっている」とメリットが大きいと強調する。地理が不案内な観光客はかつて、地下鉄がなくなった深夜には宿に戻るのにタクシーに乗る選択肢しかなかった。だが、「地下鉄で安全かつ安価にホテルへ帰れる」となれば、パブ、クラブなどでロンドンのナイトライフをじっくり楽しもう、という人々が出てくるのは当然だろう。欧州大陸の若者たちは、ロンドンで一度はクラブやディスコで踊って騒ぐ「クラビング」を体験したいとあこがれることもあり、地下鉄が深夜に走ることで時間を気にしながら楽しむ心理的ストレスから解放されるメリットは大きいといえる。

ロンドン市役所によると、ナイトチューブの運行で、深夜に営業するレストランやバーが増えるなどにより間接的な雇用がロンドン全体で3600人増えたほか、年間の経済効果が1億7100万ポンド(約240億円)と、当初予測の7700万ポンドに比べ2.5倍近くに達したという。

ナイトチューブの運行は数字のうえでも順調に推移していることがわかる。ナイトチューブが運行開始から1年の節目となった8月18~20日の週末には、深夜帯の累計利用者数が800万人に達した。また、一晩当たりの利用者数は15万人を超えている。

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