痛快!81歳生涯現役女子プロレスラーの正体 あなたは「小畑千代」を知っているか?

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そして冒頭のテレビ放映を迎えるのだが、その前年、佐倉といっしょに浅草でスナックを開いている。プロレスができなくなった女の子たちの再雇用のためだったのだが、そのスナックはバカはやりした。地元浅草では、まるで女任侠のようにズベ公(素行の悪い少女のこと、死語か?)の喧嘩の仲裁をしたり、若い衆の面倒を見たりもした。やくざとの付き合いも多かった。

“その頃浅草は、表に出たら一般人よりやくざが多い時代だったの。やくざが生きていける時代だったし、堅気だって、やくざがいなかったら生きていけなかった人がいっぱいいた。今のやくざはちょっとでも景気のいい人がいたら食いついてどうにかしようとする。昔は違う。女の子たちががんばっていたら、かわいがってくれた。この子たちを守ってあげようという感じだった”

今の感覚ではよくわからないが、そういう時代だったのだろう。任侠のことと共に、その頃の浅草の花柳界のしきたりや、界隈で芸者さんのこまごました世話をする「箱屋さん」のことも紹介されている。やくざと箱屋さん、なんとなく対照的なお仕事だが、どちらも今となっては生きづらい時代になっている。

小畑は引退など表明していない

『女子プロレスラー小畑千代――闘う女の戦後史』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

この本、小畑千代という希代の女子プロレスラーの生きざまが紹介されているだけではない。小畑の周辺が丁寧に描かれていて、高度成長期の昭和がどのような時代であったかがビビッドに浮かび上がってくる。ほんとうに明るく大らかで、夢を持ちうる世の中であったのだ。

東京12チャンネルでの女子プロレス中継はわずか1年半で終了。昭和49年には、違った形で再度放映が始まるが、それも昭和51年に終わり、以来、小畑はリングで試合をしていない。

え? それでどうして現役なのかって? 生まれ変わったら、また女子プロレスラーになりたいという小畑は、今もスポーツジムに通い、筋トレとエアロビクスを日課にしているのだ。健康維持ではなく、いつでもリングに上がれるように。テレビ放映終了を機に盟友・佐倉は引退を決めたが、小畑は引退など表明していないのである。

“永遠に引退はしないと思った。死ぬまで現役よ”

この言葉だけで十分だろう。文句ある輩がいたら、小畑さんのところへ行ってみたらどうだろう。もしかすると、飛行機投げから得意技のロメロスペシャル(吊り天井固め)を決めてもらえるかもしれない。

仲野 徹 大阪大学大学院・生命機能研究科教授

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なかの とおる / Toru Nakano

1957年、大阪市旭区千林生まれ。大阪大学医学部卒業後、内科医から研究の道へ。京都大学医学部講師などを経て、大阪大学大学院・生命機能研究科および医学系研究科教授。HONZレビュアー。専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。著書に『こわいもの知らずの病理学講義』(晶文社、2017年)、『からだと病気のしくみ講義』(NHK出版、2019年)、『みんなに話したくなる感染症のはなし』(河出書房新社、2020年)などがある。

 

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