大震災から6年、今年も「福島競馬」が続くワケ

「競馬場」のある街、福島が刻んできた歴史

福島競馬を盛り上げた功労者といえば、「福島男」とファンがたたえた増沢末夫元騎手だ。1970年代前半にハイセイコーの主戦を務めた名手だが、ローカル競馬場を主戦場として活躍。中でも福島では先行力を武器に勝ち星を量産した。

通算2016勝のうち約3分の1の671勝を福島で挙げた。もちろんこれは福島競馬場勝利数の1位。皐月賞馬ハワイアンイメージで福島記念を勝つなど通算6勝は福島記念最多記録だ。2001年にJRA史上初となった通算2000勝も福島競馬場で挙げている。「困った時は増沢」が福島のファンの馬券作戦だった。

これを引き継いだのはツインターボとのコンビでおなじみの中舘英二元騎手(現調教師)。こちらは通算1823勝のうち約4分の1の425勝を福島で挙げ、福島競馬場の勝利数としては2位。2015年に騎手を引退し調教師に転身したが、長年の功績をたたえた福島競馬記者クラブ賞の授賞式はさながら福島での引退式のような温かい雰囲気に包まれた。

「逃げの中舘」の代名詞はやはりツインターボとのコンビで逃げ切った七夕賞の内容が強烈な印象を残したためだった。先行を武器に活躍した2人の名手の後継となるべき存在が現れることを期待したい。

震災で一時は避難所になった競馬場

2011年(平成23年)3月11日午後2時46分。東日本大震災が発生した。地震、津波、そして原発事故。家族を亡くした人、家がなくなった人、仕事を失った人、家に住むことができなくなった人。あれから6年が過ぎた。まだ完全に傷が癒えたわけではない。心の傷は癒えることはない。津波や原発事故のために自分の家に戻れない人もいる。

筆者は地震が発生した時、競馬場スタンド最上階の6階の記者室にいた。金曜日でいつもどおり翌日の予想と原稿の作業に追われていた。緊急地震速報から間もなく大きな地響き。激しい揺れ。長かった。

机の下でじっとしているのが精いっぱいだった。周囲のロッカーが倒れてレース観戦用のモニターテレビが転がった。激突音がした。私が潜った机の反対側の机の下にテレビが飛び込んだ音だった。早く終わってくれ……。これだけ大きな地震ならスタンドが倒壊することもあるかもしれない。漠然とそんなことを考えた。

今、振り返れば体感震度は7か8だろうか。ともに作業していた他社の記者がいてくれたことが心強かった。互いに励まし廊下に出た。スプリンクラーが作動して廊下は水浸しになり、大きな余震も襲った。立ち止まりながらそれでも外に出ようと歩いた。2方向あった階段のうち私たちが下りた反対側は壁が倒れていた。紙一重の幸運に支えられていたことを目の当たりにした。

何とか外に出た。「大丈夫ですか!」。警備の方の声が聞こえ、そこで生きていることを実感した。まさに九死に一生を得た。競馬場の事務所に戻ると、テレビでは津波の情報が流れていた。あとは悪夢を思わせるような映像が流れ続けた。

競馬場のスタンドのダメージは大きかった。5階指定席は天井が落ちた所もあった。これがお客さんの入っていた土曜、日曜なら大惨事になっていたかもしれない。馬券発売のためのコンピュータや電源システムが致命的ダメージを受けた。当面は競馬の開催どころか馬券発売も困難な状況だった。それでも競馬場は震災直後は避難所として調整ルームや厩舎地区に被災者を受け入れた。

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