創業会長が介助犬の育成に乗り出したワケ 天皇・皇后のご視察で人生観が変わった

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そして柳本会長はこのご視察を機に、ビジネスだけでなく社会への恩返しをしたいと思い、奈良市小倉町にNPO法人「近畿介助犬訓練所」を立ち上げました。

日本最高齢の71歳で動物看護士の資格を取得

昨年、日本最高齢の71歳で動物看護士の資格を取得。犬関連でも4つの資格を持っている、と笑います。

介助犬は、体の不自由な方の手助けだけでなく、その世話をされているご家族の負担を減らすことが目的です。求めている方々がたくさんいるのに、介助犬は日本に100頭もいないそうです(厚生労働省の調べによると、介助犬のほか、盲導犬、聴導犬も含めた「補助犬」の合計数でも約1100頭という状況で、まだまだ求められている数には足りません)。

本業は息子2人が引き継ぎ

「先日、訓練士の第1号を送り出しました。先進国なのに福祉の面では後進国です。これからもこの仕事を推し進めていきます」

息子さんたちはもともと会社に入れるつもりはなかったのですが、今ではレザックを長男、菱屋を次男が引き継いでくれています。柳本会長は、本業を息子たちに任せ、医療関連とNPOの介助犬訓練に汗を流す毎日です。中学卒業後、仕事の中で学び、工学博士号を取得。専門技術書も3冊上梓し、大阪大学および近畿大学で非常勤講師も務めています。

自分のためからスタートし、そこから社会のために奉仕する人生を送っています。お会いする度に元気と勇気をもらえるすばらしい経営者でした。

竹原 信夫 日本一明るい経済新聞 編集長

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たけはら のぶお / Nobuo Takehara

有限会社産業情報化新聞社代表取締役(日本一明るい経済新聞編集長)。1971年3月、関西大学社会学部マスコミ学科卒、同年4月にフジサンケイグループの日本工業新聞社に入社。その後、大阪で中小企業担当、浜松支局記者などを経て、大阪で繊維、鉄鋼、化学、財界、金融などを担当。1990年4月大阪経済部次長(デスク)、1997年2月から2000年10月末まで大阪経済部長。2001年1月に独立、産業情報化新聞社代表に。年間約500人の中小企業経営者に取材、月刊紙・日本一明るい経済新聞を発行している。
 

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