なぜ日本の「伝統工芸」は世界で売れないのか ホントはすごい「工芸大国ニッポン」の実力

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事実、毎年多くの産地で工芸の灯が消えています。指をくわえてこの状況を見過ごすわけにはいかない。そう決心した私は、10年ほど前からコンサルティングに乗り出しました。ブランディングや商品開発に目が行きがちですが、いちばん力を入れたのは、事業計画や収支予算をきちんと立てる、業務フローを整えるといったごく基本的なことです。

実際、かつての中川政七商店でも、こうした当たり前のことがほとんど行われていませんでした。これは工芸に限らず、零細企業ではよくあることではないでしょうか。こうした最低限のことを整えたうえで、自社や競合の現状を分析して、自分たちにできること、すべきことは何かというビジョンをはっきりさせる。商品開発やブランディングはその後というのが、私のコンサルティングのやり方です。

マルヒロの新ブランド「HASAMI」などがブレークし、各メディアで「再生請負人」などと取り上げられたおかげで、コンサルティングの依頼が舞い込むようになりました。手掛けた案件のほとんどで成功し、それぞれの産地に輝く「一番星」ができました。これで、あとはその光を頼りに二番星、三番星が出てきて、地域全体、そして日本の工芸品業界全体が活気を取り戻せる。しかし、そんな私の期待は見事に裏切られることになったのです。

それでも工芸の衰退が止まらない

工芸品業界の衰退のスピードと勢いは私の想像を超えるものでした。伝統工芸品の生産地出荷額は、1983年のピーク時に比べて5分の1にまで縮小していて、高い技術を持つ職人の高齢化も深刻な状況にあります。

こうした厳しい状況の一方で、工芸品のある暮らしが20~30代の若い層にも着実に浸透しているという手応えを私は感じています。手前みそにはなりますが、以前はミセス層を主な顧客として百貨店に商品を卸していた中川政七商店が、表参道や東京ミッドタウンに出店し、この10年で売り上げを3倍以上に伸ばしたことは、その1つの証明になるはずです。ファッション誌やライフスタイル誌で、工芸の特集が組まれることも珍しくありません。

吟味したシャツを1枚新調するように、漆のお椀や切子のグラスを買い求めて長く愛用する――そんな暮らし方が、若い世代にも確実に広がっている。これは工芸品業界にとって、とても心強い動きです。しかし、そのような生活のあり方が広く浸透して根付く前に、サプライサイドから消滅してしまう。それが今、私が最も切実に感じている脅威です。

分業を基本とする工芸では、1社か2社の作り手の廃業が取り返しのつかない結果を招くことがあります。たとえば、波佐見焼の生産工程では生地屋、型屋、窯元がそれぞれの役割を担っていて、そのどれか1つでも欠ければ、波佐見焼は波佐見焼でなくなってしまう。しかし現在、操業している生地屋と型屋はわずかで、後継者難もあっていつまで続けられるかわからない状況です。全国の工芸品づくりの現場で、同じようなサプライチェーン断絶の危機が迫っています。

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