パナが「テクニクス」育成に力を入れる理由 唯一の女性役員が語る苦闘と本音
折しもパナソニックは、津賀一宏社長の下で復活への道を歩んでいたころだ。花形だったAVCネットワーク社は黒モノ家電事業中心の事業方針を変え、デジタルエレクトロニクスの技術を駆使し、多様なパートナーと新しい事業を創出していくB2B2C事業へと転換している真っ最中である。新たなコンシューマ向けブランドを、パナソニックが新たに構築するとは想像できなかった。
しかも、テクニクスは、同ブランドのSL-1200というターンテーブルをDJが好んで使ったことから、クラブDJ向け製品に限って2010年まで販売され続けていたが、高級オーディオのブランドとしては実質的に今世紀に入って消滅。高級オーディオを開発していたエンジニアも定年退職やリストラでパナソニックを去った後である。
テクニクスというブランドを再興する意義が、理解されにくい環境だった。
実際、テクニクス部門が利益貢献という面で存在感を出せるとしても、まだまだ先のことに違いない。しかし思いがけないところで、ブランドとしてのテクニクスが持つ価値を証明する機会がやってきた。ベルリンフィルからパナソニックのテクニクス部門と協業したいとオファーしてきたのだ。
パナソニックの社史に残る製品を開発
小川氏はオーディオ機器の開発者を目指して松下電器に入社。当時、オーディオ技術者を目指す女性は少なく、面接時には「今から目指すならオーディオではなく映像ではないか」とアドバイスを受けたこともあったそうだ。
しかし入社後はスピーカー設計者として、いくつかパナソニックの社史に残る製品を開発。1台が250万円という大型スピーカー「SB-AFP1000」は、ウィーン国立歌劇場にも納入された。その後、DVD-Audioの開発へと軸足を移した彼女が、最後に開発したスピーカーである。
実はベルリンフィルのメディア部門「ベルリンフィル・メディア」取締役で、同オーケストラのメディア事業を推進してきたローベルト・ツィンマーマン氏が、このウィーン国立歌劇場に置かれたスピーカーを聞いたことがあり、強い印象を持っていたのだそうだ。
ベルリンフィルは世界トップの実力を持つオーケストラであるとともに、もっとも進んだテクノロジーを駆使するオーケストラでもある。同社の“デジタルコンサートホール”は、いち早くインターネットを通じたコンサートのライブ配信中継サービスとして立ち上げられ、今では多くの映像・音響製品が、デジタルコンサートホールに接続・再生する機能を内蔵している。
このデジタルコンサートホール、それに2014年に立ち上げた自主レーベル「ベルリン・フィル・レコーディングス」を率いてきたのが、ほかでもないツィンマーマン氏だった。
ツィンマーマン氏はデジタルコンサートホールの映像を4K化するとともに、ハイレゾ化を進めるためのシステム開発を行うパートナーを探して2015年のIFA(ベルリンで開催される世界最大級の家電展示会)を視察。その中で技術やスペックだけでなく、音楽的な感性において共感できるメーカーを探していたところ、前述のスピーカーを開発していたテクニクスに注目し、映像技術も同時に保有するパナソニックとの協業をベルリンフィル側からオファーしたのだそうだ。
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