32歳崖っぷち女子、「婚活デート」でキレた!

東京カレンダー「崖っぷち結婚相談所」<10>

「いや、ごめん……。杏子ちゃん、口が真っ黒で……。あはははは」

正木は、そこで大笑いした。

杏子は急いで化粧室へ駆け込んだ。そこには、イカスミで真っ黒な口をした自分が映っている。清楚な格好をした女に、その唇は滑稽過ぎた。

ついにキレた杏子。しかし、デートは意外な方向へ…?

口を洗って席に戻ると、正木は流石に心配そうな顔をし、「ごめんね、ごめんね、怒ってる?」と、子犬のように目を潤ませながら謝った。

杏子は既に笑顔も作れず、下手なぶりっ子をするのも、もう御免だった。

「あなたがイカスミなんか食べたいって言うから、こうなったのよ」。杏子は、思いっきり正木を睨んだ。「安めぐみ戦法」なんて、もうどうでもいい。正木とはどうせ先はないのだから、気遣うのはやめにした。

「そもそもね、女性との食事中に、落ち着きなくずっとスマホをいじるのも失礼だわ。振動も気になるから、ポケットにでもしまって下さい」。杏子はヤケになり、白ワインをグッと飲み干す。

「あー、やっぱり、杏子ちゃん、ぶりっ子してたんだ!俺、素の方がいいと思うよ!変にニコニコしてるより、そうやって人を見下す女王様キャラの方が、ずっと面白いよ!」。正木は、またしてもケラケラと笑い始める。

「あなたこそ、何なの、その子供みたいな態度は?もうイイ歳なんだから、もう少し大人の男の立ち振る舞いを覚えたらどうなの?あなたの方が、私よりずっと結婚は難しいと思うわ!」

「えー、やっぱり、杏子ちゃんもそう思う?俺、どこを直したらいいかなぁ。相談所の人にも、よく怒られるんだよー」

正木が素直に認めたため、杏子は直人がするように、正木にあれこれとダメ出しを始めた。

人の話をよく聞いて会話を進めること、デートの詳細は前日までに連絡すること、待ち合わせには遅れないこと。正木は真剣に、「うんうん」と杏子の指導に聞き入り、二人の会話は不思議な方向に盛り上がった。

「杏子ちゃん、今日は本当に楽しかったよー。やっぱり、俺、杏子ちゃんに会えただけでも、相談所使って良かったなぁ。ねぇねぇ、一個、お願いしていい?」

食事の会計は、意外にも正木がスマートに済ませてくれた。店を出てしばらく歩くと、正木は甘えるような視線を杏子に向けた。

「何ですか?」

「ハグしていーい?」

杏子が答える前に、正木は思いっきり杏子を正面から抱きしめた。正木の身体からは、少年のような爽やかな香りが漂う。

「杏子ちゃんて、可愛いだけじゃなくて、綺麗なお姉さんの匂いもするー」

正木はご機嫌で、杏子に抱きつきながら鼻をクンクン鳴らせた。

「ねぇ、今度は直接連絡するね。また、絶対遊ぼうね!」。タクシーに乗る直前も、正木は杏子の手を握って言った。

杏子の胸は、激しく鼓動していた。頭は呆然とし、その日は久しぶりに、化粧も落とさずにベッドに入ってしまった。

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