32歳崖っぷち女子、「婚活デート」でキレた! 東京カレンダー「崖っぷち結婚相談所」<10>
今日はベージュのノースリーブニットに、フレアスカートを合わせ、シンプルに小ぶりのパールのピアスだけを付けていた。家を出る前にチェックした全身鏡には、これ以上ないほど清楚な自分の姿が映っていたことを思い出す。
杏子は気を取り直し、デートに挑むことにした。
欠点ばかりが気になる初デート
正木に連れて来られた『イル スカンピ』は、神楽坂の裏路地にある、小じんまりとしたヴェネツィア料理店だった。適度にカジュアルで騒々しい店内に緊張感はなく、通されたカウンターの席は、思いがけず居心地が良い。
「ねぇねぇ杏子ちゃん、俺、イカスミ食べたいんだー」
席に座って早々、杏子はまたしても正木に驚かされた。
初デートで、イカスミなんて食材を選ぶ男がどこにいるだろうか。一口食べるごとに歯の汚れを気にしろとでも言うのだろうか。
「え、イカスミ……?」
「ここね、ヴェネツィア料理だから、イカスミ料理が有名なんだって。杏子ちゃんと僕の仲じゃん、細かいことは気にせずに食べようよー」
そう言って、正木は勝手に色々とオーダーを済ませてしまった。悪気は一切ないようだが、女にメニューを選ばせない男と言うのは、いくらイケメン医師と言えど、いかがなものだろうか。
デート初速から、杏子は正木の欠点ばかりが気になってしまう。
イカスミに始まり、正木は相変わらず食事中も落ち着きがなく、しょっちゅうスマホをいじっている。それも、仕事などの連絡ではなく、ただのラインの友達グループとやり取りをしているようなのだ。
その度に、会話は中途半端に中断され、正木は「えっと、今何話してたっけ?」と、ヘラヘラ笑う。杏子はいい加減ウンザリし始めていた。
どうして自分のような女が、わざわざ遠い神楽坂まで赴き、精神年齢の幼い男の相手をしているのか。仮面で貼り付けたような笑顔を浮かべながら、杏子はもう二度と正木には会うまいと、心の中で誓った。
「ねぇねぇ、ところでさ、杏子ちゃんは、どうしてそんなに結婚したいの?」
「え……?だって私も32歳だし、彼氏もいなくて、人に勧められたりして……」
「へー、杏子ちゃんみたいな人でも、結婚したいんだね。何かさぁ、杏子ちゃんってすっごい可愛いけどさ、結婚したいようには、見えないよ。別に困ってもなさそうだし」
「どうして、そう思うんですか?」
「いや、何か、微妙な男とは付き合いたくないってオーラすごい出てるし、杏子ちゃんって、男と一緒にいるより、独りの方が楽そうな気がする。だって、絶対神経質じゃん、杏子ちゃん」
杏子は、心の中にズカズカと土足で踏み込まれたような気分になった。目の前の幼稚な男は、何故だか自分の痛いところを、無邪気に的確に突いてくる。
「そんなことありません!私だって、彼氏を作って、結婚したいんです!それって、いけませんか?!」
つい感情的な声が出てしまうと、正木は急に腹を抱えて笑い始めた。
「私、何か変なこと言いました……?」