南相馬市小高区に見る、原発被災者の窮状 住む家を奪われ、生活再建もままならず

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

「現在の賠償の仕組みでは、ほかの場所で生活を再建することもままならず、みじめな人生を終えることになるかもしれない」

國分さんがこう語るのには理由がある。昨年7月24日、東電は住民が所有する宅地や建物に関する賠償金の計算方法を発表。固定資産税評価額を元に、築年数に応じて時価を弾き出したうえで、避難の期間に限って価値が目減りしたとみなして賠償するという考え方だ。

公共用地の収用時の耐用年数(木造住宅の場合には48年)を用い、残存価値に20%の下限を設けていることなどから、「避難住民にかなり手厚く配慮した仕組み」と政府関係者は説明するものの、「新たに住宅を購入して別の場所で生活を再建するには不十分」と受け止めている住民が少なくない。

放射能の心配のない新たな土地での生活をめざす國分さんにとって、「東電の計算方法は到底受け入れられるものではない」という。國分さんは、損害賠償請求訴訟を起こすことを決意。知人ら13世帯とともに、近く集団訴訟に踏み切る。

仮置き場の設置は決まったが…

松倉さんは農業を再開するメドも立たない

小高区の山あいで農業を営む松倉憲三さん(65)は、「集落内で仮置き場の設置場所が決まったことで、とりあえず除染の成否を見守りたい。ただ、除染によって、事故前の生活を取り戻せるとは思っていない」と話す。

松倉さんの自宅がある神山地区は、国による航空機モニタリングで年間の空間積算線量が20ミリシーベルト以下になることが確実とみなされたことから、日中の出入りや事業再開の準備が認められる「避難指示解除準備区域」に区分けされた。昨年4月のことだ。

しかし、松倉さんの認識は大きく異なっている。

「どう見ても放射線量は避難指示解除準備区域のレベルではなく、20ミリシーベルト以上のおそれがある居住制限区域に近いのではないか」

次ページ住民がいらだちを強める理由は
関連記事
トピックボードAD
政治・経済の人気記事