アメリカ大統領選などを見てもわかるように、リーダーとなる人たちはパブリックスピーキングでその資質を誇示し、競い合う。当意即妙の受け答え、心を揺さぶるスピーチ、ボディランゲージに至るまで周到に準備され、計算されつくした運び方を見ると、まさにリーダーの資質=コミュ力であると実感する。
欧米ではリーダー層は「スピーチ」を披露する場が非常に多く、その巧拙がリーダーとしての資質を左右するため、プロのスピーチライターがその執筆に携わるケースがほとんどだ。大手企業だけではなく、官公庁のトップや中小企業のエグゼクティブに至るまでがプロの力に頼り、「スピーチライター」といわれる職業に就く人が数万人規模で存在する。
今回、取材をしたブリン・フレイジャーさんは、その中でもキラ星のような経歴を持つプロ中のプロの一流スピーチライターである。インターンとして、ホワイトハウスでクリントン元大統領のスピーチ作成にかかわったのを手始めに、米下院議員や議長の下で経験を積み、さらには、米司法長官のチーフスピーチライターとして活躍。2012年末から来日し、ゴーン氏の国内向けのスピーチ、プレゼン原稿を手掛けてきた。今夏からアメリカに拠点を移し活躍している。
日本にはびこる退屈なパブリックスピーキング
ブリンさんにとって、この仕事の魅力は「企業や組織を俯瞰することができること」だという。そのうえで、パズルのピースのように、情報や分析、言葉を紡ぎ合わせていく。日本における組織のトップのスピーチやプレゼンの大きな問題点は、全体を見渡せる「鳥瞰図」のないことだ。筆者も、企業のプレゼンやスピーチ作りのお手伝いをすることが多いが、出来上がってくるプレゼン資料やスピーチ原稿は、各部署の担当者が出してくる情報をつなぎ合わせてパッチワークしたものが多く、大局的なストーリーもポイントもないつぎはぎ的な内容になっている。
スピーチライターの大きな役割は、こうした情報を一元的に取りまとめ、一つのストーリーへと昇華させることにある。ブリンさんも社内のさまざまな部署の打ち合わせに参加し、情報を収集する。商品に関する細かい情報から、自動車業界の状況、マクロ経済に至るまで包括的にカバーし、まとめる作業はまさに「ジャーナリストの仕事のようなもの」だという。現場の人間だけで作ると、どうしても社内言語、社内ロジックだけの内容になってしまうが、社外の視点を持ったスピーチライターであれば、内輪の言葉を万人にわかりやすい言葉に「翻訳」できる利点もある。
「パブリックスピーキングはエンターテインメント」。ブリンさんはこう言い切る。一方で「日本のパブリックスピーキングはエデュケーション(教育)という意識が強いのではないか」と分析する。日本ではトップの訓話も、コンファレンスのスピーチも、聞き手にとっては「修業の場」のようなものだ。つまらない話もじっと聞くことを強要され、教育や修練として、退屈なパブリックスピーキングが許容されてきた。しかし、大統領選を見てもわかるように、アメリカ人は忍耐力を養う「がまん大会」のようなコミュニケーションは受け入れない。聞き手は徹底的に楽しみたいし、ショーを見るように感動したり、心動かされたりしたいのだ。
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