智仁によれば、河合は「智仁を育て上げることこそが大戸屋の存続する道であり、創業者(久実)の願い。周りでサポートをするべきだ」という弔辞を読み、参列者の胸を打ったという。
その後、智仁を始めとする創業家は河合との対立を深めていく。智仁は一連の騒動について「これお家騒動ではない、会社の乗っ取りだ」として、その主犯として河合を名指しで批判する。「事実ではないことを理由に経営に介入した」(智仁)と見るからだ。
8月3日に智仁は、葬儀の礼を伝えようと社長の窪田のもとを訪れた。返ってきたのは、海外事業本部長の智仁に対して「10月1日から香港への赴任を命ず」という辞令だった。
智仁はその頃から「何かがおかしい」と感じるようになった。窪田と久実は、年齢が13歳離れてはいるが、母親が姉妹という、れっきとした従兄弟同士。「にもかかわらず、窪田は1度も線香をあげにきたことがない」(智仁)。
業務面でも引き継ぎがされていないことに業を煮やした智仁は、8月下旬、酒席の場で窪田に「なぜ引き継ぎをしてくれないのか」と迫った。智仁によると、窪田は「お前にできるわけがないだろう」と答えたという。
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