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「大学生は時給制のバイトをすべきではない」 新経済連盟が考える「未来の教育」とは?

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  • 関田 真也 東洋経済オンライン編集部
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――富の偏在は避けられない。一方で、「貧しくなる自由もある」「年収100万円でも楽しく生きられます」みたいなことを、仰る方もいますが。

しかし、そうすると社会保障の対象範囲というのは限りなく広がっていくことになり、末恐ろしい。いったいどこにその財源があるのか、という話になります。

そこで、私が一つ弾力的な解として持っているのは、企業によるフリーミアム。例えば食料をフリーにするとか、教育をフリーにするとか、社会インフラをフリーにする。例えば、フェイスブック社が「無料の学校を開く」という発表をしましたよね。これもその一つ。

クラウドワークスでも、クラウドワーカーから求められているのは、個人同士のスキルアップのための教育の制度だったり、いざとなったら助け合えるような互助の仕組み、つまり社会保障です。昔でいうと、町ができたら、そこに生協組合ができて、そこで組合員がお金を拠出し合って、共済というものを立ち上げてましたけど。先々は、おそらくメガベンチャーの企業体が、コミュニティを形成して、社会保障や教育を担っていくのではないかという感覚を持ってます。

――「みんなが平等」ということが難しい時代では、国が富の再分配を行うだけでは限界があるのが現実ですね。

ノブレス・オブリージュという意味でも、おカネを得た人は、きちんと社会の新しい価値や発展に対して、貢献をしていく義務があります。こうしたことが求められる傾向は、以前よりも強くなっている。

「人間中心」は当たり前の考え方ではない

20世紀は、人間がお金を稼いで、人間が「モノ」を買って消費すればいいという、人間を中心とした大量消費の時代でした。今は、社会全体が、必ずしも人を主軸に置いていません。「サスティナビリティ」とか「低炭素社会」とか「シェアリング・エコノミー」といったかたちで、自然や社会のこと考えようということで、人間が中心ではなくなってきているという感覚を持っています。

また、特に重要なのは、テクノロジーと金融という切り口。これは目に見えない部分が多いのですが、近年はこの二つによる「社会の最適化」がすごい勢いで進んでいて、人間自体を置いてきぼりしているところもある。これまでの「人間中心」主義から「社会の最適化」主義に、時代は大きく変わっているのではないでしょうか。

それでも、私個人としては、人に対してあきらめたくない。人に対して常に希望を持って、働きかけをして、「気づき」を得るきっかけを作っていくべきという思いを、とても強く持っています。

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