銀座に踏切、豊洲に鉄橋…都心に眠る廃線跡

大都会で楽しめる「鉄道の遺構めぐり」

画像を拡大
美しい晴海の夜景をバックに、ライトアップもされずに静かに朽ちゆく晴海橋梁。線路やバラストも残っている
画像を拡大
東京臨海地区の物流を支えた貨物線。晴海と築地を結ぶ延伸構想のルートは筆者の想像だ(地図データはOpenStreetMap.orgより使用)

実はこの橋は、1989年の路線廃止後、豊洲・晴海地区の再開発に合わせて公園に整備される計画だった。横浜のみなとみらい地区で、臨港鉄道の跡が「汽車道プロムナード」と呼ばれる遊歩道になったのと同じように、晴海橋梁もまた観光客が行き交う人道橋に生まれ変わるはずだったのである。

しかし、中央区(晴海)側の再開発が遅れたことや、橋梁自体に想定以上の老朽化が判明したことから構想は挫折し、今も立入禁止の状態で放置されている。豊洲側からは、晴海橋梁の向こうにレインボーブリッジをはじめとする臨海地区もよく見え、特に夜は、周辺の華やかな夜景と真っ暗な晴海橋梁が対照的だ。

東京都港湾局専用線には、かつてさらなる延伸構想があった。晴海に入った貨物線は、月島を経由して築地に向かい、「銀座最後の踏切」を通って汐留駅につながるはずだった。晴海橋梁を眺めた後は、実現しなかった貨物鉄道構想を想像しながら、月島や勝ちどき橋などを訪ね歩くのも楽しい。

ツアーで鉄道遺構を訪ねてみよう

画像を拡大
越中島支線を走る、レール運搬専用の貨物列車。日曜・祝日を除く毎日、1日1〜3往復が運行されている

東京都港湾局の専用線はすべて消えたが、その手前の、JR越中島支線は健在だ。小岩から亀戸、小名木川を経て越中島までを結ぶ11.7kmの貨物線で、越中島から先の港湾局専用線と共に、国鉄時代には1日20本を超える貨物列車が運行されていた。現在は、越中島にあるレールセンターから、レールを輸送する列車が1日1〜3往復運行されている。

こちらは現役の路線なので「遺構」ではないが、亀戸〜小名木川間には昭和初期に建設された煉瓦造りの橋脚が多数残っている。当時、鉄道施設はすでに煉瓦からコンクリートの時代に移っており、越中島支線の煉瓦橋脚は貴重な存在だ。付近には、都電の専用軌道跡を活用した遊歩道もあり、レールや車輪を飾ったモニュメントもある。亀戸から小名木川方面へ、昭和の鉄道に思いを馳せながら散策するのもおすすめだ。

特に観光地があるわけではないが、鉄道華やかなりし時代を思い浮かべながら、歩いてみてはいかがだろうか。

今回紹介した鉄道遺構を訪ね歩く日帰りツアーを4月9日(土)から4回にわたり、はとバスの主催で開催します。鉄道が大好きな女子鉄アナウンサーとして人気の久野知美さんと、鉄道フォトライター栗原景さんが、銀座最後の踏切、越中島支線、東京都港湾局専用線などをご案内します。少しマニアックで奥深い、鉄道遺構を訪ねる旅。どうぞふるってご参加ください。詳しくはこちらから。

 

鉄道最前線の人気記事
トピックボードAD
関連記事
  • コロナショックの大波紋
  • 就職四季報プラスワン
  • 新競馬好きエコノミストの市場深読み劇場
  • コロナ戦争を読み解く
トレンドライブラリーAD
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
テレワーク総点検<br>コロナで広がる働き方格差

緊急事態宣言下で当たり前になった「テレワーク」。業種や職種によって実現度合いに大差がつき、この数週間で働き方の格差が広がったといえるでしょう。在宅勤務の課題を総点検し、コロナ後の働き方を考察しました。