●校長先生から、落とし穴作りを学ぶ
あるとき、落とし穴が流行りました。当時、暑い夏でも、寒い冬でも毎日朝礼があり、校長先生が5分くらい話をされる。それで終わるのですが、その5分が退屈でつらい。見ているうちに、「校長先生は右から登って左側に降りられる。あそこに落とし穴を作ったらどういうことになるだろう」と考えるわけです。考えると子どもというのは実現したくなる。落とし穴を掘り、その日の朝礼が始まる。右から先生が登られて話が始まるとさあ、「しまった」と思うわけです。「今、先生の話が終わると落っこちてしまう。さあ、大変だ。今から先生の気が変わって右から降りてくださらないかな」と。もう恐ろしくてぶるぶる震えてきます。子どもというのは、失敗したことに後から気づくわけですから、大変なことをしてしまって生きた心地もしない。さあ、話が終わり、先生が左から降りられる。ドサ~~ッ!!「ああ、大変なことになってしまった」と思ったら、砂煙がやがて静まり、校長先生はゆっくりと落とし穴から出て、ズボンについた砂をぱっぱっと払い、何事もなかったように校長室に入っていかれます。その他の先生もそれぞれの教室に入り、僕たちも順番に教室に入り、いつも通りに授業が始まる。
「変だ、おかしい、こんなはずはない。何かの間違いではないか」
そう思うと翌日もやってみたくなるんですね(笑)。翌日もやります。また、校長先生はドサッ、そのまた翌日もドサッ。毎日毎日校長先生はドサッ。そのうち気がついてくるのです。校長先生の話が面白くなってきた。緊張して一所懸命話を聞いているんですね。話が聞こえてみると、面白くてためになる。校長先生は子ども達が話を聞くために自分が落ちてくださっているんだなって気づきます。そうなると、僕たちはさぼっちゃいけないと毎日落とし穴を掘って、校長先生は相変わらずドサッ。子どもは図にのりますから、校庭中あちこちに落とし穴を掘る。先生方があちこちでドサッドサッと落ちられる。それが面白くてね(笑)。
そのうちに、新入生が間違って落ちてしまい、足の骨を折るという事故が起こりました。そして、「校庭に列びなさい」と。怖いですね。
子どもが怪我をしたのだから、今日こそは叱られるのは明らかです。すると、「落とし穴を掘った者は前に出なさい」と言われ数人が前に出ます。校長先生が、「君たち、もう一度、ここに落とし穴を掘ってみなさい」と言われます。そんなこと言われて作れるものじゃありませんが、言われたら仕方ないと掘るわけです。そしたら、校長先生が落とし穴から十歩離れて、目隠しをされ、一、二、三……と十歩歩いてドサッ。落っこちられます。目隠しを取ってはいあがり、首をかしげて、「もう一度掘ってご覧なさい」と。もうどうなることかとまた掘ると、校長先生は目隠しをされて一、二、三……ドサッ。三回落ちてからこう仰いました。
「わかりました。みなさん、この落とし穴は作り方が間違っています。では、これから、正しい落とし穴の作り方をみなさんで学びましょう。教室に行って小刀をもっていらっしゃい」。
僕たちの頃はみんな小刀を持っていました。それを持って出る。用務員のおじさんが、ほうきや竿を持ってきてくださる。校長先生は自らのナイフで、竹を切り裂いて、落とし穴に竿を魚を焼く網のように碁盤の目のように敷き、ゴザを敷いて、砂を掛ける。僕たちは今までそんなことはしていません。棒っきれを持ってきて、穴のところに縦において、上にゴザを敷いて、砂をおく。落ちた子どもはその上を踏んでしまったもんだから、竹をぐしゃっと踏みボキッと折れた瞬間、骨も折ってしまったのです。
校長先生はそういうものを作り、「大林くん、君が代表で落ちなさい」と仰いました。先生の手ぬぐいで目を縛られて歩き、「この辺だな」と思って足を差し出しました。すると、まるでエレベーターに乗ったかのように、すう~っと落下してね。
「大林、ほら、気持ちいいだろう。これなら、誰も怪我をしないで楽しく遊べるじゃないか。校長先生もこれまで毎日、どうしたら上手に落ちられるか、ずいぶん苦労したぞ、これからこういう風に上手に作ってくれたら先生も楽になる」。
こんな風に、ニコニコみんなを笑わせて頭を叩かれて校長室に入っていかれるわけです。みんなわんわん泣きました。
それで、僕たちは落とし穴ごっこを卒業したのです。
大林宣彦<おおばやし・のぶひこ>
1938年、広島県尾道市出身。個人映画作家。
成城大学文芸学部中退。TVCM制作に携わりつつ、1977年に公開された『HOUSE/ハウス』で劇場映画にも進出。以降、主な作品に、故郷尾道で撮影され多くの映画ファンに親しまれた尾道三部作、『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』をはじめ、『ねらわれた学園』『天国に一番近い島』『漂流教室』など。
2007年夏から劇場公開の作品に、『22才の別れ Lycoris 葉見ず花見ず物語』『転校生 さよならあなた』がある。著書も多数。
1938年、広島県尾道市出身。個人映画作家。
成城大学文芸学部中退。TVCM制作に携わりつつ、1977年に公開された『HOUSE/ハウス』で劇場映画にも進出。以降、主な作品に、故郷尾道で撮影され多くの映画ファンに親しまれた尾道三部作、『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』をはじめ、『ねらわれた学園』『天国に一番近い島』『漂流教室』など。
2007年夏から劇場公開の作品に、『22才の別れ Lycoris 葉見ず花見ず物語』『転校生 さよならあなた』がある。著書も多数。
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