【和地孝氏・講演】不確実性時代の成長戦略(前編)

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 『テルモのこころ』が発刊されたちょうど2年ほど前は、まだ日本は「改革」という言葉が大きな声で言われているころでした。私は改革をすべきだとは思います。ただし85年という会社の歴史の中で守っていかなければいけないものというのはあるわけです。そこで何を守って、何を変えるかを明確にしようということで作ったのが『テルモのこころ』です。
 内容は当たり前のことが書かれています。要は「企業理念を尊ぶ」、あるいは「一人一人の仕事の質がテルモの品質を作ります」「現場に足を運びます」などと66カ条に集約されています。その中で特にみんなが賛同してくれたのは、「礼のこころを持つ」ということです。言うなればマナーですね。約束を守る、時間を守る、あるいはお世話になったら必ずお礼をする。こういうことが今の日本では失われていますが、これがなければ人との付き合いはできません。それから「失敗を恐れない」というような当たり前と言えば当たり前のことにも触れています。

▲2007年に作成された冊子『テルモのこころ』
企業の価値観や倫理観を66カ条にまとめ、社員に配布したという

●人はコストではなく資産

 私の経営に対する基本的な考え方は、「人を軸にした経営」ということで、先ほども言いましたように「人はコストではなくて、資産としてとらえる」ということ。いわゆる米国流の経営観と一線を画するものですが、私はこれを国内外の区別なく実践してまいりました。それゆえに、私は人の育成こそ企業成長の源泉であると考えております。そして人を大切にして、人を動かすことに経営の要諦があると思っております。誤解の無いように申し上げておきますが、人を大切にするということと甘やかすということは違います。会社の中では、むしろ厳しい経営をしている。ただし、大切にしているということは全員に公言しております。

 ここで少し会社の歴史について触れますと、テルモは、北里柴三郎博士が発起人の1人としてできた会社です。第一次世界大戦までは、体温計というのはほとんどドイツから輸入していました。ところが戦争が勃発しまして輸入ができなくなり、それならば国産のいいものを作ろうということで1921年(大正10年)にできた会社でございます。よく外資の会社かと間違われるのですが、純粋なドメスティックです。社名の「テルモ」というのは、体温計をドイツ語読みした「テルモメーター」から来ております。私どもは「テルモは医療を通じて社会に貢献します」という企業理念を実に大切にしております。一般的に、企業理念は床の間か何かに飾ってあるような感じですが、当社の場合には命と関係した仕事をしていますので、この企業理念を全員に叩き込んでいます。我々の誇りでもあり、そしていろんな現場で迷ったときに、もう一度これに戻って考えてもらうという大切な理念でございます。

中編に続く、全3回)

[当講演は2009年4月24日に開催されました]
和地孝(わち・たかし)
テルモ株式会社代表取締役会長。
1988年(旧)富士銀行取締役。89年よりテルモに入社し常務取締役に就任。93年に代表取締役専務、企業改革の実行役として94年に代表取締役副社長、95年に代表取締役社長を務める。2004年、現職に就任。
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