山口絵理子・マザーハウス代表取締役--カワイイが変える途上国、27歳「劇場経営」の突破力【中】

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ところが、R氏の工場で山口のパスポートが紛失した。工場の誰かが盗ったのか、ひょっとしてRさんが? そう思ったら、R氏の提示する生産コストも信じられない。

「器用になれなかった。みんなすごくいい人たちなのに、信用できないと思っている自分が嫌になって。モヤモヤしながら作ったものをお客様には出せない、と」

新たに見つけた工場は、物産・ダッカ事務所の現地職員の紹介だった。ある日、アポなしで工場に出向いたら、雑居ビルの中の工場はもぬけの殻。契約時だけ操業を偽装し、前受金を詐取する手口に引っかかったのだ。山口は泣いた。泣いて泣いて、最後は笑いながら泣いていた。

山口は「甘えていた」と思う。「社会にいいことをしている、というのが無意識にあった。けど、みんなにとって大事なのは、毎月毎月のオーダー量と単価。その実績がないまま、理想を語ることの空しさを教えられた。これが途上国でビジネスをするということの意味。でも、個人ではなく、環境がそうさせている。だったら、やり続ける意味はある」。

だが、ここまで手ひどく裏切られたら、「社会」への思いだけでは、体勢は立て直せない。最後の一線で支えたのは、「自分」である。「人生の選択の中でバングラを選び、そこでの日々で自分が形成されている。そういう自分の人生が大好き。トラブルを乗り越え、頑張ったな、と思えることで、逆に生かされている。だから、自分のためでもある」。

その昔、全共闘は「自己否定」を叫んだが、山口は「自己肯定」だ。社名はマザーテレサから採ったが、「絶対、テレサにはなれない。物欲も、かわいくなりたいという日本の女性の気持ちも、普通にいいこと。その気持ちが、知らずに誰かを笑顔にする仕組みがなかった。マザーハウスは、その仕組みになりたい」。

だから山口は、たとえば、貧しい人々への小口融資(マイクロファイナンス)でノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行には同調しない。グラミンは先進国の資金提供者に「無私」(=無利子)を要請する。だが、「無私」は、持続性を保証するのか。 

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