「ノー」と言えないリーダーは信用されない

大物不在の時代にあえて火中の栗を拾おう

東芝のような大企業でなくとも、リーダーは組織の上に立ち、時流に応じて柔軟に思考し、強固なプランを立てると同時に、組織そのものを作っていかねばならない。

それが昔なら守旧派の上層部から「出る杭は打たれる」と圧力をかけられたのが、今や加えてネットで、その成功を羨む者たちがあることないこと書き付けては、揚げ足取りをしてくる。そのほとんどは匿名だ。決意を鈍らし、志を傷つけるような要らぬノイズが蔓延しすぎているのだ。

上から押さえ込まれ、周囲や下から小突かれると、どうしてもそつなく立ち回り、標榜した改革も疎かになるもの。そこを踏みとどまって、初志を貫徹しようとすると、四面楚歌の状況を味わうことにもなる。

しかし、リーダーになるには、あえて火中の栗を拾う勇気が必要なのだ。でなければ、ずっと逃げの人生を送ってしまったと、後で後悔することにもなるだろう。

リーダーとなるのを期待され、そのチャンスが巡ってきたら、担わされる重責にたじろぐことなく、引き受けるのがいいだろう。チャンスはそうそう回ってこないし、なにより重責や困難から逃げてはいけない。

自分ならではのリーダーシップを

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「義を見てせざるは勇無きなり」と言うが、正義に生きようとする勇気のある人には必ず味方が現れる。いうなれば、そうした仲間を得ることが人間の生涯の課題でもある。よきリーダーはよき人間関係を構築できている。それは歴史からも学べるはずだ。坂本龍馬や山本五十六がリーダーとして抜きん出られたのも、龍馬には中岡慎太郎、五十六には参謀長の黒島亀人と、よきフォロワーたちに恵まれたからだ。

また、優れたリーダーは次世代にそのマインドを継承していく。私も早稲田大学商学学術院で社会人対象の講義を受け持っているが、学生たちから「モノの見方が変わった」「自分も会社でそうやって活動していこう」などの感想を寄せられると、気づきや目覚めの大切さを思い知ると同時に、リーダー教育の必要性を痛感する。

以前は企業に人材育成機関としての役割があり、独自の文化も受け継がれていたが、それも米国型の株主優先、短期利益追求の経営スタイルが一般的となる中、長期雇用を前提とした人材育成は難しくなっている。

人材の流動化も進み、各社を渡り歩いてCEOを務めるといった、「プロ経営者」の存在もクローズ・アップされているが、これなどいわば「リーダー代行業」。リーダー受難の時代の副産物なのだ。しかし、彼らとて一時的な経営課題をクリアする専門家で、一から新たに企業のカルチャーを作り上げるという事例はまれだ。

私が今、各企業や官公庁、自治体などあらゆる組織の次世代を担う人たち、さしずめ青年将校らに言っておきたいのは、つねにリーダーとなる心の準備をし、その勇気を持ってほしいということだ。

とはいえ、それはさほど難しいことではない。情報社会にあふれるノイズに惑わされ、周囲が流れそうな局面でも、間違っていると思ったら、きっぱり「ノー」と自分の意見を言う。ささやかな勇気を奮うことで信認も得られ、より大きな勇気が持てるようになる。そして、自分でも意識しないうちに、リーダーに押し出されている。そんな積み重ねが人を成長させていくのだと思う。

(構成:鈴木隆祐)

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