ゴルフシーズンも始まってみると早いもので、来週はもうメジャー大会第2戦の全米オープンが開催されます。
全米オープンと言えば、古いゴルファーならご記憶にあるでしょうが、1980年、バルタスロールでのジャック・ニクラスとの対戦。4日間同じ組で回り、自分が第2位になった試合は、「ジャックと戦って2位は立派なもの」と、皆がそう言うので試合直後はよろこんでいたのですが、考えてみると相手が誰であろうと、負けたことは事実。「勝つまでは、アメリカでとことん戦ってやる」、そう決意をした試合でもあったのです。
それにジャックは、いまは大親友ですが、以前は私のゴルフを否定した一人なのです。74年はアメリカツアー参戦の最初の年ですが、慣れない気候や芝のせいで、ハワイアンオープン、マスターズなど、成績はいいものではありませんでした。しかし、年を重ね経験を積むうちに選手の間で、「青木は小技が上手い」と評判になったのです。
特にバンカーショットは、試合会場で練習をしていると選手が集まってきて、「どうやって打っているのか教えてくれ」っていうんですよ。これぐらいの英語は理解できますが、教える言葉は日本語。「もうちょっと、外に低く上げたほうがいいかな」。これでも相手はわかるものです。教わりたい一心ですからね。
余談ですが、それから数年後には私がアメリカツアーで2年連続してバンカーからのセーブ王になったのですから、アメリカの選手も技術を見る目が高いというものです。
ただ、ジャックの見方は違ったようです。パッティングスタイルでおわかりのように、私のスイングはやや背中を丸めたように構え、短めのクラブのフェースの先を立てて、ボールをコツンと打つ珍しいタイプ。ドライバーやアイアンも、そのパッティングに似たようなもの。そんな自分が徐々に成績を上げてきたものだから、アメリカの記者の目には奇異に映ったようです。
それで記者が、当時帝王と呼ばれていたジャックに、「青木のスイングはアレでいいのか」と尋ねたのです。するとジャックは「アレでいいのなら、ゴルフの教科書はいらない」と答えたのです。それを耳にした私は、「誰にでも当てはまる教科書ってないはず。皆さんには奇異に見えても、自分にとってはオーソドックスなスイングです」と言い、胸を張ったのです。
多くのゴルファーがそうですが、憧れの選手をお手本にし過ぎ、自分のゴルフを見失ってしまうのです。お手本に忠実になる前に自分のよさを再認識し、その個性を磨くことが先だと思うのです。
80年の全米オープンが終わってしばらくして、ジャックは記者に「青木のゴルフの感想は」と聞かれると、「100ヤード以内の青木は世界一」と言ってくれたそうです。
1942年千葉県生まれ。64年にプロテスト合格。以来、世界4大ツアー(日米欧豪)で優勝するなど、通算85勝。国内賞金王5回。2004年日本人男性初の世界ゴルフ殿堂入り。07、08年と2年連続エイジシュートを達成。現在も海外シニアツアーに参加。08年紫綬褒章受章。
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