「米国ドルは今後も基軸通貨たりうるか」ハーバード大学教授 ケネス・ロゴフ

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ドルに替わる通貨はどこにも存在しない

 米国政府はドルの地位がこのように低下する危険性を伴っているにもかかわらず、依然として輸出よりも輸入を促進し、巨額の貿易赤字を計上している。FRB(連邦準備制度理事会)もドル下落が景気とインフレに影響を与えないかぎり、為替相場には関心がないようだ。現在ではドルの下落は輸出を増加させる効果を発揮している。

 カリフォルニア大学バークレー校のモーリー・オブストフェルド教授と私は、政府が前向きな金融政策を実施しなければ、ドルは暴落し、それに伴い多くのリスクが発生すると警告してきた。不幸にも、そのシナリオは現実に近づきつつある。今年だけでドルの価値は、主要な貿易相手国の通貨に対して購買力ベースで10%も下落しているのだ。

 2008年もドルの価値は同程度下落する可能性がある。こうして世界の投資家がドルを見限っていけば、下落のスピードはさらに速まるだろう。アジアやOPECの首脳から世界中の富裕層まで、多くの投資家がドルに懸念を抱き始めたとき間違いなく米国経済は困難な状況に陥るはずだ。

 ただ、米国にとってはよいニュースもある。それは世界の貿易・金融システムが、まだ健全な状態を保っているということである。かつて英国ポンドは、基軸通貨の地位を失うまでに数十年かかり、その間二度の戦争を経験した。そう考えるとドルにはまだ時間が残されているといえよう。

 また、世界中でドルに替わりうる通貨が存在しないことも、米国にとっては好材料だ。

 サブプライム危機は、米国だけでなくヨーロッパの金融システムの脆弱さもさらけ出し、ユーロがまだドルに替わる存在ではないことを明らかにした。中国の人民元は、50年後には世界の基軸通貨になっているかもしれないが、現段階では中国の金融システムはまだ未成熟といえるだろう。

 仮にベネズエラのチャベス大統領など、OPECの指導者が公然とドルに反旗を翻したとしても、世界の貿易の大半がドル建てで行われている事実に変わりはない。各国の中央銀行も依然として外貨準備の多くをドルで保有している。

 もちろん米国にとって、前述したような危険な兆候は至る所で見られる。そこで米国政府が断固とした行動をとらなければ、ドルの価値は大幅に下がるだろう。

 米国の有権者が増税を忌み嫌っていることは、よく知られている。ドルの価値が下落すれば、どうすればその基軸通貨としての地位を維持できるかについて、有権者たちから本格的な議論が巻き起こってくるかもしれない。

ケネス・ロゴフ
1953年生まれ。80年マサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得。99年よりハーバード大学経済学部教授。国際金融分野の権威。2001~03年までIMFの経済担当顧問兼調査局長を務めた。チェスの天才としても名をはせる。

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