プロ野球「戦力外」から這い上がった男の心魂 このメンタリティは一般社会にも深く通じる
「テレビに出たらそれがモノとして残るじゃないですか。残るってことは、子どもたちが成長したときに見せられる。人生、良い時もあれば悪い時もある。映像とナレーションと音楽で盛り上げてもらって、子どもたちが大きくなった時にプラスにとらえてくれると思ったんですよ。いつか僕の現役が終わって、一番下の娘が理解できる年齢になってその映像を流した時に、一緒に笑えるじゃないですか。そして自分がそれを改めて見た時に、あの時これだけ頑張っていた、これからも頑張らなきゃ、って奮起するためにも全部プラスになると思って。出演することでマイナスなことは何一つなかったですね」
八木はドキュメンタリー番組の帯同について、みずからを奮い立たせる材料としてポジティブにとらえ、そして冒頭のトライアウトに臨んだ。うつむいてナーバスになっている人。受かればいいと楽天的に考えている人。これに懸けてどうにかして受かりたいという雰囲気の人。3パターンに分かれ緊迫していたロッカールームの状況に「いろんな“気”が混じっているから、あんまりそこに居たくなかった」と、八木はいつもと変わらない普通の状況でマウンドに立つことを選択し、ロッカールームから一人外に出て無心でピッチングへの備えをした。
そして崖っぷちで登った、一世一代のトライアウト。待ったなしの真剣勝負で、一人目の打者となったのは前の打席で本塁打を放った元西武の星秀和。大勢のスカウトの前で、得意のスライダーで見逃し三振を奪ってみせた。その瞬間、明らかに球場の空気が変わった。
そして後続にも隙を見せず、終わってみれば4人の打者にヒットを1本も許さない完璧なピッチング。その一挙手一投足を追っていたカメラの映像を振り返り、八木は自らの活躍をこう反芻してみせた。
「一発勝負が本当に楽しかった」
「打たれたらおしまいじゃないですか。プロで使えなくなった選手が集まってのテストで打たれたら、もっと使えないってことになるわけです。その極度のプレッシャーの中での一発勝負が、かつて日本シリーズで投げた感覚とすごく似てるなって思った。本当に楽しかったんですよ。久しぶりに真剣勝負が出来たっていう感覚があったので。で、終わってインタビューしてもらった映像を後から見ても、自分がスゲェいい顔だなって思った。ああ、やり切ったんだなって」
そこまで納得のいく投球をした八木に、オファーを待つ不安はもう微塵もなかった。翌朝、登録のない番号から携帯に電話がかかる。「来たよ!来たよ! 知らない番号から(笑)」。中日ドラゴンズからの連絡だった。電話口で獲得の意志を示した球団スタッフは、年俸など具体的な好条件まで提示してくれた。そんな誠意あるオファーに、八木が即答しない理由は何一つなかった。
中日に入団して1年目の今季、八木の成績は既報の通りである。開幕ローテ入りを果たすと、広島戦だけで4勝を挙げるキラーぶり。800万円増の年俸2000万円で来季へ向けてサインも済ませた。「金額より来年もプロでやれるというのが第一なんです。まだまだ中途半端な成績。来年に向けて変化球の精度を重点的に磨きたい」と、わずか1年前にはクビを宣告された男が笑顔で前を向く。プロ野球選手にとっては、毎年が正念場だ。そんな八木が考える、土壇場から這い上がった秘訣とは何か。