――「割り屋」として、被疑者に向き合う時の心情は、どんなものだったのか。
私の場合は幸い、被疑者の人柄がよくて話してくれたが、被疑者がやっとこさ話してくれるのは、今も昔も変わらない。どうしたら話してくれるかは今もって「わからない」が、「こうしたら話してくれない」というのはわかる。それは相手をののしったり、どなりつけたりすることだ。そうしたら、話すわけがない。取り調べの録音・録画が進んでいる今も同じだが、被疑者がカメラを意識することで、話してもらうのはもっと難しくなっているのではないか。話してもらうのに、極意なんてない。
――イトマン事件以外、たとえば大手証券の総会屋への利益供与事件での思い出は。
いろいろな思い出が走馬灯のように駆け巡るが、話してもらうまで(総会屋に)何回も通ったよな、というのが一番の思い出だ。顔の表情が本当のことを話す前と後とで違う。話すことで吹っ切れてくれたんだな、というのが思い出。これはどんな事件でもそうで、こわばっていた表情が、話すことで変わる。そうなってもらうように努力していた。
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