危機の時代に「カリスマ的救済者」の出現が持つ歴史的意味/総選挙での自民党圧勝と再魔術化する世界

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理性的、科学的世界が世界を覆うにつれて、人々は逆に不可解なものにすがるようになる。19世紀に登場した白人の優越を信じる人種理論や、骨相学などは今では科学としては扱われないが、これらの似非(えせ)科学は、世界が拡がるにつれて不安になってきた西欧人にとっての、救世主となる願望だったのかもしれない。

人間が動物である以上、神のように理性的になることはできない。心の中に理性と非理性が併存しているのである。健康なときには理性が支配するが、不健康になってくると非理性が頭をもたげてくる。

これを社会に例えれば、衣食住が充足する健康状態のときは「法と秩序」という理性が支配するのだが、いったんそれが崩壊すれば、たちまち非理性が頭をもたげてくるということなのである。

「神話の時期」の到来

ナチスに迎合していく人々の論理を分析したドイツの哲学者エルンスト・カッシーラー(1874~1945年)は、この不可解なヒトラーとナチスの出現について、『国家の神話』という作品の中で次のように述べている。  

「ヴァイマール共和国の指導者たちは、外交的折衝とか立法的措置によって、これらの問題に対処しようと全力をつくしたが、彼らの努力はすべてむなしいように見えた。インフレーションと失業の時期に、ドイツの社会的・経済的制度全体が完全に崩壊に瀕し、正規の手段は尽きてしまったように思われた。こうした状況こそ、政治的神話が生育し、そこに豊かな養分を見出しえた本来の土壌であった。(……)人間が危険な状況に直面しなければならないとき神話はその全き支配力を持つにいたるのである(……)絶望的な状況においては、人間はつねに絶望的手段に訴えるのである(……)人間の社会生活が危機に陥る瞬間には、つねに古い神話的観念の発生に抵抗する理性的な力は、もはや自己自らを信用できない。このような時点において、神話の時期が到来する。なぜなら、神話は実際に征服され、隷属させられていないからであろう。神話は暗黒の中にひそみ、その時期と機会を待ちながら、つねに存在している。この時期には人間の社会生活のほかの拘束力があれこれの理由でその力を失う」(エルンスト・カッシーラー『国家の神話』宮田光雄訳、講談社学術文庫、2018年、476~480ページ)

確かに、1920年代のドイツは特殊な状況にあったといえる。こうした状況がなければ、ヒトラーのナチス体制があのように政治権力を握ることはなかったかもしれない。

しかし、これに似た危機はいくらでもあった。もっともすべての社会が魔術化した神話の世界に屈したわけではなかった。それに対して打ち勝った社会や人々は、しっかりとした理性を堅持しえるものを持っていたということなのだ。

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