小林竜司死刑囚(41)が自殺。アンタッチャブルな拘置所の状況と、執行を待ち続ける「精神的拷問」とは?

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拘禁の長期化とともに、日本では死刑囚の高齢化も進んでいる。長期間執行されないまま年を重ね、70代、80代となる死刑囚も存在する。

そうなると、医療費がかさみ、拘禁にかかるコストも重大である。医療費は全額税金で賄われ、死刑囚1人当たり1年で数百万円もの税金が投入されている。さらに、認知症が進行している高齢死刑囚も少なくない。

加齢に伴う身体疾患や認知機能の低下、精神疾患の併発が見られるケースでは、「そのような状態にある人に死刑を執行することの意味は何か」という根源的な問いが突きつけられる。

しかし、日本社会では、このような死刑囚の実態はほとんど知られていない。「凶悪犯罪者なのだから当然だ」「自業自得だ」という感情的反応や、刑事司法当局の徹底的な秘密主義のなかで、死刑囚の問題は事実上アンタッチャブルな領域となってきた。

その結果、死刑囚を収容する拘置所の内部で何が起きているのか、死刑確定後の人々がどのような精神状態に置かれているのかについて、社会的な検証はほとんど行われてこなかった。

死刑に至るまでの過程を検証

これは死刑制度に賛成か反対かという議論とは別次元の問題である。立場の違いを超えて確認すべきなのは、国家が人の命を奪う権限を持つ以上、その過程が人権の観点から厳しく検証されなければならないという原則である。

死刑囚といえども、当然のことながら基本的な人権は尊重されるべきであり、人間らしく最期を終える権利を有する。アンタッチャブルな見えない場所で、精神的に追い詰められ、誰にも知られないまま命を落とすとすれば、それは制度の側が問われる問題である。

大阪拘置所で起きた今回の死亡事案は、日本社会が長年直視してこなかった、死刑囚の精神状態、長期拘禁の影響、高齢化、情報の不透明性という問題を、改めて浮かび上がらせた出来事である。

死刑囚であっても人であるという事実から目を背けず、この問題を重大な人権課題として可視化し、議論の対象にすることが、いま強く求められている。

原田 隆之 筑波大学教授

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はらだ たかゆき / Takayuki Harada

1964年生まれ。一橋大学大学院博士後期課程中退、カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校大学院修士課程修了。法務省法務専門官、国連Associate Expert等を歴任。筑波大学教授。保健学博士(東京大学)。東京大学大学院医学系研究科客員研究員。主たる研究領域は、犯罪心理学、認知行動療法とエビデンスに基づいた心理臨床である。テーマとしては、犯罪・非行、依存症、性犯罪等に対する実証的研究を行っている

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