台湾の地下鉄で起きた"小さな事件"。日本人ライターが名前も知らない女性に教えられた、人としての「在り方」

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台湾の電車内での一コマ
台湾の地下鉄で経験した出来事(イラスト:堀江篤史)
たった1人との会話が、世界の見え方を変えることがあるーー。連載「80億分の1コマ」はノンフィクションライター・泉秀一さんが旅先で出会った人々とのワンシーンを切り取り、そこで得た気づきを深掘りしていくシリーズです。
小さな1コマから見えてくるのは、地域や国の課題であり、豊かさの定義であり、人が生きることの本質。「80億分の1の人生」が持つ視点から、カジュアルに社会を見つめます。

予想外だった彼女の行動

2025年末。一年を振り返っていて、最も濃い記憶として思い起こされたのは、大きなニュースでも仕事の成果でもなく、ある旅先でのワンシーンだった。

昨年は、いろんなことがあった。日本で初の女性総理大臣が誕生し、AIがさらに進化して人々の働き方が大きく変わり始めた。個人的にも、国内外に取材に出かけて様々な人に会い、フリーランスになってから準備していた本も出版した。

だが、一番心に残っているのは、台湾・高雄の地下鉄で出会った名前も知らない女性のことだった。

12月の夜、高雄の地下鉄に乗った。平日のその日は、車内は仕事や学校帰りの地元の人たち中心で、立っていても他の乗客との肩が当たることはない、窮屈ではない程度の混雑具合だった。

台湾の地下鉄
台湾の地下鉄 *画像はイメージです(写真:PHOTOGRAPHY BY BERT.DESIGN/Getty Images)

乗車してドアが閉まり、電車が動き出すと、足元の床がベタベタと汚れていることに気づいた。テイクアウトしたご飯の汁か何かがこぼれているようで、茶色い液体が散らばっていた。

私は「運が悪いな」と思い、その場所から少し離れた。周りの乗客も同じように、その汚れを避けて立っていた。誰も近づかない。汚れた床の周りに、直径1メートルほどの空間がぽっかりとできていた。

次の駅で、30代くらいの女性が乗ってきた。カジュアルなジャケットを羽織り、肩にトートバッグをかけている。仕事帰りだろうか。彼女は車内を見回し、空いているその場所に自然に立った。

私を含めた何人かが、なんとなく横目で彼女を見ていた。きっと汚れに気づいたら、すぐに移動するだろう、と。

だが、彼女の行動は、私たちの予想とまったく違った。

次ページ当たり前のことをしたかのように立ち去っていった
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