「退学にすべき」「絶対に許してはならない」と大炎上…栃木・県立高校で「顔を殴る」「頭部を蹴る」事案が発生、動画がここまで拡散した納得の理由

✎ 1〜 ✎ 67 ✎ 68 ✎ 69 ✎ 70
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

そもそも人類史において、他者からの暴力に対して自力救済で対処することは平常運転であった。古代または中世においては、被害を受けた者の家族や親族、あるいはその者が属する氏族的集団が本人に代わって復讐を遂行したのである。これは世界中で見られる傾向で、古代の日本においても同様であった。

法学者の穂積陳重(のぶしげ)は、人類史における復讐の位置付けの変遷を「復讐義務時代」「復讐制限時代」「復讐禁止時代」の3つに分けて説明した(『復讐と法律』岩波文庫)。「復讐義務時代」は、法律以前の原始社会において、復讐を美徳とし、親戚や同族人に報復の義務があるとされていたとしている。

次の「復讐制限時代」は、復讐義務者の範囲を縮小し、復讐方法を限定するなど、統治者が私闘のルール作りに乗り出した段階を指している。復讐の届け出はその一つで、古代中国の例として、復讐を官司に申告する制度を挙げている。古ゲルマン社会の例では、復讐をしようとする者はあらかじめ裁判所の許可を受ける必要があったという。

最後の「復讐禁止時代」は、「法律完成の時代」に当たり、復讐に代わって行政機関が刑罰を科すようになり、裁判所を通じた賠償請求が可能になった近代以後の世界である。穂積は、これらの歴史的な経緯を踏まえたうえで、「刑罰はその時代の人民の感情に伴わざれば成立たず」と述べている。

穂積が解説した私的制裁から公的制裁への流れを踏まえれば、証拠動画の「さらし」は決して突飛な行為などではない。いわば原点回帰といえる。

このような原点回帰によって最も破壊的な事態に陥った好例は、2020年のアメリカで起こったジョージ・フロイド事件だろう。

白人警官による黒人男性フロイド氏への暴行とその衝撃的な死は、現場に居合わせた者がその一部始終をスマートフォンで撮影し、SNSに投稿しなければ、肝心の死因は「事故」や「健康問題」説でごまかされ、全世界的な抗議運動(Black Lives Matter)に発展することもなく、警官が殺人罪で起訴されることもなかっただろう。

2018年、日本でも「パワハラ動画」があった

スケールはまったく異なるが、2018年に週刊誌が報じた「しゃぶしゃぶ鍋パワハラ動画」というものがあった。被害を受けた男性は、当時勤めていた芸能事務所の社長から、煮え立つしゃぶしゃぶ鍋に顔を押し付けられるなどの凄絶なパワハラをされており、同じタイミングで代理人弁護士と会見を開いて刑事告訴に踏み切った。

事件そのものが起こったのは2015年だが、その後も社長から謝罪の言葉がなかったことなどが発端になっているようだ。動画が広く拡散されたことによって、社会的な関心が集まり、多くのメディアが問題を厳しく非難したことで、半ば自力救済が達成された面があったことは確かだろう。

このように、現実的に考えれば、自分が所属する組織に相談しても何ら対応が取られず、むしろ解決を阻害するボトルネックになっている実態があり、「直接的な証拠がない」「隠蔽されるかもしれない」という不信感が強いほど、SNSなどで動画を公開してネット炎上を誘発させ、警察や組織を強制的に引き出す手法は、正当な自力救済の手段に思えてくるのも無理はないのである。

法学者の明石三郎は、『自力救済の研究』(有斐閣)で、イギリスの自力救済について論じ、12~13世紀以後、「諸外国の法律家を驚かせるほど自力救済の許容範囲が拡大されていった」事実に触れる。その主な原因は、「裁判上の救済の不完全」にあったという。

次ページ「暴力が暴力として認知されない」聖域
関連記事
トピックボードAD
政治・経済の人気記事