「もちろん、国家間の勢力バランスは、今後も変動するであろうし、わが国や近隣諸国の繁栄にしても、浮沈をくりかえすことがないとはいえない。しかし、今日、この地域の総体的幸福、つまりヨーロッパ人とその植民地の住民とをそれ以外の人種よりはるかに際立たせている法制度、学芸、習俗などからなる社会形態が、そうした局部的な現象によって根底からくつがえされることはおよそあり得まい。ただ、世界の野蛮な国々が潜在的に文明国の敵であることをおもえば、われわれとしては、なかば危惧をともなう好奇心をもって、往時ローマ帝国をなやませた災厄が、現代のヨーロッパにもはたして起こりえないかどうか、について自問することは許されることであろう。そしてことによると、この同じ省察が、あの大帝国が閲した滅亡の過程を明らかにすると同時に、われわれが享受している今日の安全についても、その根拠を説明することにつながることになるかもしれない」ギボン『ローマ帝国衰亡史』1776年(中倉玄喜編訳、PHP文庫、437ページ)
西欧の支配は終焉するのか
ギボンは、まだ始まったばかりのイギリスの栄光の前で、半ば不安げに、将来の衰退の可能性を問うているのである。おそらく栄光は永遠のものだと思いたいが、一抹の不安が残る。だからこそ、あの数百年も続いたローマの栄光がなぜ突然崩壊したのかについて知りたいと思ったのである。
それは同時代のフランスの哲学者であるシャルル・ド・モンテスキュー(1689~1755年)にも言える。彼は西欧の支配に対して、ギボン以上に不安げにこう語る。
「ロ-マの繁栄の原因の一つは、その王たちが、すべて偉大な王であったことである。歴史の中で、これほどの政治家や名将たちが相次いで現われたことは他に例をみない――ローマには、二つのうちのひとつ、すなわち政体を変えるか、それとも、小さな貧しい王国のままとどまるか、いずれかしか途はなかった――ローマは、それゆえ、絶えず続き、常に激烈な戦争状態にのうちにあった。ところで、つねに、そして統治の原理それ自体によって、戦争状態にある国民は、必然的に滅亡するか、それともほかのすべての民族を打倒するかのいずれである」モンテスキュー『ローマ人盛衰原因論』1734年(田中治男、栗田伸子訳、岩波文庫、16~19ページ)
彼によると、ローマ衰退の原因は、領土を拡張し、巨大な国家となったことである。
では西欧社会の覇者たる今のアメリカはどうか。やはり18世紀末、アメリカの未来に対する不安を見ていた人物がアメリカにもいた。それはアメリカ合衆国建国の父の1人、アレクサンダー・ハミルトン(1755~1804年)である。13州で始まったアメリカがどんどん大きくなることを危惧していたのだ。民主的共和政体は、国土が肥大化すると成り立たないというのである(A.ハミルトン『フェデラリスト』1788年)
同じことを19世紀フランスの政治思想家、法学者のアレクシ・ド・トクヴィル(1805~1859年)も、『アメリカのデモクラシー』(1835年)の中で、州から連邦国家へ力が移動していく中、アメリカは本来の民主主義がいかせなくなっているという表現をしている。巨大化するアメリカはローマ衰退の轍をひたすら歩んでいるのだ。
西欧社会は、今突き付けられている西欧社会の終焉にどう向かい合うべきなのか。戦争によって滅びるのか、平和的移行を達成していくのか。明治以降西欧社会へと舵取りをしてきた日本にも、その判断が求められているといえよう。
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まとば・あきひろ / Akihiro Matoba
1952年宮崎県生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。日本を代表するマルクス研究者。著書に『超訳「資本論」』全3巻(祥伝社新書)、『一週間de資本論』(NHK出版)、『マルクスだったらこう考える』『ネオ共産主義論』(以上光文社新書)、『未完のマルクス』(平凡社)、『マルクスに誘われて』『未来のプルードン』(以上亜紀書房)、『資本主義全史』(SB新書)。訳書にカール・マルクス『新訳 共産党宣言』(作品社)、ジャック・アタリ『世界精神マルクス』(藤原書店)、『希望と絶望の世界史』、『「19世紀」でわかる世界史講義』『資本主義がわかる「20世紀」世界史』など多数。
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