佐藤優氏が「残念に思う生き方をする人」の共通項――タイパやコスパを求める人たちに欠けた「教養を身につける」という視点

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教養とは、こうした交流を通じて、知識や情報をぶつけ合うことで、はじめて生きた教養として育まれるものと考えます。単に情報や知識を集めたから、教養が身につくというものでもないのです。

知識や情報を集めるだけでは、いわゆるオタクにすぎません。人間関係の中でそれらをブラッシュアップしてこそ本物の教養であり、教養人だということです。そしてそれらを育む時間こそが自分時間であり、創造的な時間なのです。

教養とは真逆の発想

若い世代を中心に、コスパやタイパという言葉がよく使われています。この商品はコスパ最高だとか、それはタイパが悪いからやめておこうとか……。いずれも効率を優先し、ムダをできるだけ減らすという考え方です。

このような考え方は、経済合理性という視点から見ると正しいように感じます。しかし、私からすると短期的には得をしたとしても、中長期的には損をする場合が少なくないと考えます。

なぜならすぐに役に立つものは、得てしてすぐに役に立たなくなるからです。

タイパやコスパの視点からしたら、それこそ教養を身につけることなど、まどろっこしくムダなことに思えるでしょう。読書にしても1冊をしっかり読むなんて時間のムダ。ダイジェストで要点だけ知っておけばいい。まして古典なんて無駄の最たるものだと考えます。

『残された時間の使い方』
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たしかに、お金を稼いだり、仕事の成績を上げようというときに、古典を読むことがすぐに役立つとは考えられません。しかし長い目で見たときに、教養が身についている人とそうでない人では、大きな差が出てくると考えます。

例えば、古代ギリシアの三大悲劇詩人の1人であるソフォクレスが書いた戯曲「オイディプス王」の話は、海外ではある程度のレベルの人たちは当たり前の教養として読んで知っています。それも知らずに「何、それ?」などと言おうものなら、教養のない人間として認識され、以後まともに相手にしてくれなくなるでしょう。

反対に、教養の乏しい人の話の内容はどのようなものでしょうか。ひと言で言うならば、「お金の話」です。

おおよそ何が儲かるか、何が得になるかという話に終始します。せっかく人と人が向かい合ったときに、お金の話しかできていないとしたら、なんとも寂しく貧しい状態だと思いますが、いかがでしょうか。

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官

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さとう まさる / Masaru Sato

1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。

2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。2006年に『自壊する帝国』(新潮社)で第5回新潮ドキュメント賞、第38回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『読書の技法』(東洋経済新報社)、『獄中記』(岩波現代文庫)、『人に強くなる極意』(青春新書インテリジェンス)、『いま生きる「資本論」』(新潮社)、『宗教改革の物語』(角川書店)など多数の著書がある。

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