香港の象徴「高層マンション群」鉄道との深い関係 火災発生の団地も「郊外路線の電化」と同時期完成
この時点では、KCRという一本の背骨が新界のニュータウンと九龍の市街地を結ぶようになった一方で、地下鉄網はまだ発展の途上だった。MTRによる最初の地下鉄路線が開業したのは1979年である。
だが、その後香港の鉄道網は目覚ましい発展を遂げる。当初は1編成3両だったKCRの電車は利用者の増加を受けて6両・9両編成へと編成長を伸ばし、電化10年後の1992年には12両編成に。さらに1990年代後半にはリニューアルによって片側5ドアの車体に生まれ変わった。この電車は2022年まで活躍を続けた。
人口増加とともに伸びた鉄道
1988年には新界にライトレール(軽鉄)が開業。郊外路線の建設も進み、2003年にはライトレールと接続するKCRの新路線、西鉄線(現在のMTR屯馬線)の開業によって、新界西部と中心市街地が鉄道で行き来できるようになった。従来のKCRが「東鉄線」と呼ばれるようになったのはこの時からだ。
そして、2007年12月には郊外路線やライトレールを運行するKCRと、地下鉄を運営するMTRが統合され、香港鉄路(MTR)による一体運行となった。
鉄道網の発展とともに香港の人口も増え続けた。KCRの電化直前、1981年度の統計では約511万人だった人口は、1991年度には約567万人、2001年度には約671万人、そして2019年には約750万人にまで増加した。

東鉄線の電化・複線化から40年余りを経て、現在のMTRの路線網は相次ぐ新路線の開通やライトレールの拡張、そして中国本土と接続する高速鉄道の開業により、総延長はいまや270kmに及んでいる。


















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