知っておきたい「指導」と「ハラスメント」の境界線――「謝れ」「辞めてしまえ」…罵詈雑言でも懲戒解雇にならない理由

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しかし、ハラスメントに該当すると判断することと、その処罰をどのようにするかは別の問題です。

ハラスメント行為者は即、懲戒解雇になると考える人も多いのですが、それが妥当とされるケースは稀です。例えば次の事例で、裁判所は「ハラスメント行為者に対して、会社が行った処分は妥当なものである」と判断しました。

▶Aが、プリンターの調子が悪いことを、社内備品を担当していた派遣社員Bに指摘したところ、Bはその前日・当日に修理業者が来ていたことを伝えた。するとAがBの席に来て、「謝れ」「辞めてしまえ」などと言いながらBの椅子を蹴り、一度同僚が仲裁したにもかかわらず、AはBの名札を破ったり、Bのパソコンの画面を勝手に閉じるなどした。
→けん責処分(株式会社エヌ・ティ・ティ・ネオメイト事件 大阪地判平成24年5月25日)
▶Aは、部下であるBに対して、国籍に関する差別的発言を行ったほか、自分は着座のままBを立たせ、執拗に叱責した。Bはその後、泣いてしまった。
→訓戒処分(辻・本郷税理士法人事件 東京地判令和元年11月7日)
▶部長職にあったAは、育児のため午後4時までの短時間勤務をしていた部下であるBに対し、退勤後の午後7時または8時頃、遅い時には午後11時頃に電話にて業務報告を求める行為が頻繁にあった。
→戒告処分(アクサ生命保険事件 東京地判令和2年6月10日)
▶A・Bらは、1年以上にわたり、女性従業員Cに対して露骨で卑猥な発言を繰り返していた。この2名は社内でセクハラ研修を受講していただけでなく、管理職であり、セクハラが懲戒対象となることを理解していた。
→出勤停止処分と、それによる社内規定上の運用での降格処分(海遊館事件 最高裁小一判平成27年2月26日)

一般に、企業における懲戒処分は重い順に「懲戒解雇・諭旨解雇(諭旨退職)・降格・出勤停止・減給・戒告(けん責・訓戒)」の6段階で設定されます。これらの事件は裁判にまで発展しましたが、一般の感覚に照らして、かなり軽い処分に留まっています。

裁判所は「会社が行った処分は行き過ぎではない」と認めました。なお、株式会社エヌ・ティ・ティ・ネオメイト事件を除き、「これが妥当な処分である」とまでのことは言っていないことを申し添えます。

「懲戒権の濫用」という考え方

ハラスメントが当事者に対して甚大な影響を与えることを考えると、私としてはこれらの処分は軽すぎるのではないかと感じますが、裁判所がこうした処分を適当だと考えるのは理由があります。それは「懲戒権の濫用」という考え方です。

そもそも、懲戒処分を行うには、就業規則に懲戒の種類・内容が明記されることが前提として必要です。懲戒処分は社内における制裁としての規定なので、その違反内容と処分内容が均衡していることが求められます。

懲戒処分を受けると、連動して人事上の処分である降給・降格になる場合もあり、労働者の利益を著しく害するものになります。

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