トランプ関税戦略、路線変更の意味(下):“信念”乏しかった大統領、相互関税騒動は実質的に幕
そんなトランプ大統領が飛びついたのが、第1次政権で国家通商会議委員長を務めたナバロ上級顧問の相互関税案だ。すでに見たように、個別対応の通商政策には限界がある。相互関税では、ほぼすべての国に対して貿易収支均衡を理由にそれぞれ異なった相互関税率が適用できる。実際に発動されると、中国に対しては懲罰的な高関税が課された。
従来の枠組みを大きく逸脱するものだが、それを補強したのが、ファンド・マネジメント会社ハドソン・ベイ・キャピタル社上級ストラテジストのスティーブン・ミラン氏であった。「国際市場では不正があり、アメリカが常に搾取されている」というトランプ大統領の主張に同調していたミラン氏は2024年11月に「A User’s Guide to Restructuring the Global Trading System」と題するレポートを発表し、「国際貿易体制を改革し、国際市場でアメリカが公平に戦える制度」を再構築することが必要だと説いた。
さらにアメリカの恒常的な貿易赤字はドルが基軸通貨の役割を担わされ、過大評価されていることが原因であるとし、国際通貨制度の改革も主張している。ミラン氏のアイデアを気に入ったトランプ大統領は慣例を破り、経済学上の実績がまったくない彼を大統領経済諮問委員会委員長に大抜擢した。
恒常化しなければ意味がなかった
ミラン委員長は4月7日にハドソン研究所で行った講演で、「アメリカは輸出国に関税を課すことで経済を改善できるうえ、歳入を得ることもできる。またアメリカ製品の関税を課している国に大きな損失を与えることもできる」と、相互関税の有用性を指摘し、さらに「為替操作やダンピング、不正な利益を得るための補助金の提供など関税、非関税障壁に取り組むように設計されている」と述べた。
ナバロ上級顧問とミラン委員長の目標は、単にアメリカの貿易収支の改善ではなく、国際貿易制度と国際通貨制度の抜本的な改革である。ブレトンウッズ体制で始まった戦後の制度を改革しない限り、アメリカの再生はないというのが、彼らの考えだ。ナバロ上級顧問が「相互関税は歪んだ制度を解体するための試みである」と語っているように、彼らにとって相互関税は、その目的を達成する手段であり、達成のためには相互関税を恒常化し、アメリカの周りに高い関税の壁を築くことが必須だ。そうすれば外国企業は対米直接投資を増やし、価格競争力を得た国内企業は生産と雇用を増やす。つまり、相互関税は恒常化しなければ意味がないのだ。だからこそ、彼らは「相互関税は通商交渉を行うための取引の手段ではない」と主張し続けたのである。
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