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北海道から東南アジアへ渡った機関車「DD51」の今 熱帯の地で50歳を迎えた彼らの「第二の人生」

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AS社が手掛ける複線化工事は、ノンプラドックの少し東にあるナコンパトムからタイ南部のリゾート地・ホアヒンまで。距離にして約150kmと、かなりのスケールである。必然的に資材の量は多くなり、その運ぶ距離もかなりのものとなるが、当時のAS社にはそれをこなせるだけのパワーを持つ機関車がなかった。

AS社が所有するディーゼル機関車。これではパワー不足のためDD51が導入された(撮影:伊原薫)

そこで、この工事に見合う機関車を求めて海外へ。結果、日本のDD51に白羽の矢が立ったというわけである。ちなみに、機関車の購入時には機関車が置かれていた北海道の港をAS社のスタッフが訪れ、10数両の中から状態の良い2両を選んだそうだ。

窮地を救った日本人の鉄道ファン

そして、こうした経緯はもう1つの“異なる点”にも関係している。つまり、2両は「鉄道車両」ではなく「建設機械」という扱いであり、それゆえ譲渡に際して車両整備に関する技術的な支援が受けられなかったのだ。

言ってみれば、中古市場にあったショベルカーを買ってきたのと同じ状態。購入時にAS社が輸出業者から渡されたのは、数ページ程度の簡単な操作マニュアルだけだったそうだ。

AS社は2両のDD51を、同じくDD51を譲渡された経験を持つミャンマー国鉄の指導も受けながら“見よう見まね”で整備。一度は工事で使い始めたものの、いつ事故や故障が起こってもおかしくない状態だった。

そんな窮地を救ったのが、日本人の鉄道ファンである。長崎県に住む吉村元志さんが、タイ在住の木村正人さんと現地をたまたま訪問。「タイで走るDD51が見たい」と訪れた2人だったが、その状況を知り、支援を思い立ったという。

【写真】『DD51形ディーゼル機関車の故障と処置』などAS社に提供された保守資料は日本の鉄道ファンが所蔵していた。交換部品の調達なども苦労しているという
【写真を見る】北海道から東南アジアへ渡った機関車「DD51」の今 熱帯の地で50歳を迎えた彼らの「第二の人生」(30枚)

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