「米国一極支配」と「リベラルな国際秩序」は幻だった エネルギーを基軸に組み立てられた政治経済学で読み解く
ネイションフッドについては、この解釈が的確であり妥当と考えるが、本書の文脈に沿っていえば、著者が「ネイションフッド」の語を用いる場合、基本的にこれを「国民としての一体感」もしくは「国家としての一体性」と捉えるのがよいように思う。
したがって、「アメリカ(イギリス、フランス)のネイションフッド」は、「アメリカ(イギリス、フランス)国民としての一体感」と解するのが適切である。また「経済的ネイションフッド」も、「経済的国民としての一体感」もしくは「経済的に一体となった国民」と解するのがよいであろう。
なお邦訳では、基本的にネイションを「国民」、ピープルを「人民」というふうに訳し分けたが、後者は単純に(国籍とは無関係な)「特定の社会・国家に属する人びと」を意味し、そこに左翼的含意はないものと了解されたい。
日本も巻き込まれる複合危機
本書は米欧近現代史の多角的な分析の書として時宜を得、知的洞察に富むものである。
アメリカの中東外交とヨーロッパ政策、EUとユーロ圏のズレ、EUとNATOの不調和、ヨーロッパ諸国間の軋轢、それらの基底に横たわるエネルギー安全保障、これらの複雑に絡み合う問題を見事に剔抉した著者の手腕には舌を巻くほかない。
結局のところ、米ソ冷戦後に出現した(かにみえた)アメリカの一極支配、アメリカ主導のリベラルな国際秩序なるものは幻像にすぎなかったのである。
21世紀に入ってからの危機の連鎖、かかる複合危機に内在する問題への解決策はいまだ見つかっていない。著者も尤もらしい処方箋を安易に示すことはしていない。
大事なのは処方箋ではなく、複合危機の起源および経緯を精確に理解すること、秩序の底が抜けた世界の状況(そこに当然日本も巻き込まれる)をたじろぐことなく凝視することである。
そう悠長にしてはおれない。日本だけが安穏としていられる日々は、遠からず過去のものとなるにちがいないからである。
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