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米原駅、「北陸の玄関口」を行き交った列車の記憶 明治から続く「鉄道の要衝」老舗の駅弁販売終了

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1974年に湖西線が開業すると、翌1975年3月のダイヤ改正で京阪神地区と北陸方面を結ぶ特急、そして急行「立山」が同線経由となり、米原駅を通らなくなった。駅の歴史において一つの転機となった出来事で、鉄道の結節点としての衰退はこの時期から始まったと感じる。

米原駅に停車する日本初の幹線用ディーゼル機関車DD50形。撮影当時は米原—田村間で使われていた=1975年(撮影:南正時)
【写真】どんなデザイン?湖西線が開業した際の福井駅の記念入場券

だが、それでも東海道新幹線と北陸方面を結ぶ重要な接続駅であることは変わらなかった。そして短い乗り継ぎの間に買う駅弁は、あわただしい中でも旅の楽しみであった。

北陸本線ホームの駅弁・そば店(撮影:南正時)

駅弁販売終了が象徴する「衰退」

このたび駅弁の販売を終えた「井筒屋」の名物弁当だったのが、地元の食材を使った「湖北のおはなし」だ。JR東海が発足後、「こだま」利用促進策として新幹線各駅で名物弁当を販売する「新幹線グルメ」という企画の中で1987年に販売開始された駅弁だった。

駅弁「湖北のおはなし」。車内販売のワインとともに味わうのが取材の帰路の楽しみだった(撮影:南正時)
【写真でもう一度】E10形やDD50形、交直流急行型電車の「くずりゅう」や「立山」など、米原駅とその周辺を走った列車の雄姿。旅を彩った駅弁の数々も

筆者は当時、取材でこれらの駅弁をすべて実際に食べたが、その中でも一番印象に残ったのがこの「湖北のおはなし」だった。それ以降、メディアの取材などで「おすすめの駅弁は?」と聞かれると、ずっとこの駅弁を挙げてきた。取材の帰路、新幹線車内販売のワインとともに味わうのは格別だった。

しかし、長らく続いてきた「北陸への接続点」という役割も、2024年3月に北陸新幹線が敦賀まで延伸されたことで大きく低下している。そして、鉄道とは切っても切り離せない食文化を支え、駅の歴史とともに歩んできた駅弁の販売終了という決断は、老舗の井筒屋にはさぞ無念なことだったに違いない。在来線を分断し切り捨てていく近年の日本の鉄道を象徴する出来事ではないだろうか。

【写真を見る】米原駅、「北陸の玄関口」を行き交った列車の記憶 明治から続く「鉄道の要衝」老舗の駅弁販売終了(55枚)
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