米原駅、「北陸の玄関口」を行き交った列車の記憶 明治から続く「鉄道の要衝」老舗の駅弁販売終了
福井県の武生市(現・越前市)で生まれ育った筆者にとって米原駅の最初の記憶は1961年、中学3年生のときだ。今だから言える話だが、買ったばかりの新しいカメラ「フジペット」に12枚撮りのフィルム1本を入れて、学校をさぼって撮影に訪れたのだった。
米原へ行ったのは、東海道本線を走る長編成の近代的な車両を見てみたかったからだ。当時、地元の鉄道は北陸本線も福井鉄道南越線も古い車両が幅を利かせており、映画で見る東京などの大都会を走る長い編成の新しい列車に憧れがあった。
朝7時台に登校するふりをして、武生駅から列車に乗って、米原までは4時間程度かかった記憶がある。一番見たかったのは当時東海道本線を走っていた長編成の80系電車で、この時に実車を初めて見ることができた。そしてキハ82系の「白鳥」だ。D51形蒸気機関車も数多く見かけたが、当時は珍しいものではなく、地元では見ることのできない近代的な車両に魅了された。

そば屋の湯気とホームのにぎわい
筆者はのちにアニメーションの仕事に就き、そこで大塚康生さん(「ルパン三世」などで著名なアニメーター)が昭和30年代に米原で撮影した写真を見せてもらう機会に恵まれた。E10形やD50形などの活躍を知ったのはその際だ。
大塚さんは山口県の出身で、やはり帰省の際に各地で途中下車して蒸気機関車の活躍をカメラに収めていた。今となっては貴重な米原での機関車のカットもその際に撮影されたものだ。


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