鉄道の衝突事故対策はどこまで万全なのか 衝撃を吸収する「クラッシャブルゾーン」とは

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冒頭で述べた京浜東北線事故において、運転士と車掌が軽傷で済んだのは、E233系のクラッシャブルゾーンが有効に働いたためと考えられる。事故現場の写真を見ても、先頭車は転覆し、運転台背後の乗務員扉部分が大きく壊れてはいるが、時速約65kmで衝突したにもかかわらず、運転台部分は十分、原形を留めていた。

しかしながら、この構造は運転台の拡大を伴うため、全長が制限されている鉄道車両では、必然的に先頭車の客室面積が削られることになる。最近のJR東日本では、運転台が広くなった分、その背後の乗降扉が後へずれ、先頭車だけ間隔が不ぞろいになっている電車をよく見かけることだろう。それが衝撃吸収構造を採用したものだ。一部の車両の混雑より安全対策を優先しているのである。

客室面積減少に配慮したJR西日本

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JR西日本が開発した衝撃吸収構造を採用した227系電車

衝撃吸収構造はJR西日本においても福知山線列車脱線事故を契機に研究が始まり、2010年に登場した225系において初めて採用。さらには広島地区用の227系など、同社の新型車両における標準仕様として広まっている。

JR西日本のそれは、相対的に強度が弱い部分を運転台上部(屋根部分)としているのが特徴だ。万一の衝突の際には、衝撃力を後方ではなく上方へ逃がし、運転台や客室へのショックを弱める構造で、俗に「巴投げ方式」とも呼ばれる。そのため、客室面積を削る必要がなく、運転台の広さも従来の電車と大差はない。

ほかにも、床・側板・屋根の接合を強化することによって、前後からだけではなく、側面からの衝突にも強い構造としている。手すりや吊り手も大きなつかみやすいものとし、とっさに視認しやすいよう、オレンジ色としたのも、225系で採り入れられた安全対策の一環だ。

こうしたJR東日本、JR西日本の取り組みは目立つ例であり、もちろんほかの会社においても、車両メーカーとともに、さまざまな研究開発が行われている。どんな交通機関であっても、事故を完璧に防ぐことは難しい。責任のない「もらい事故」もありうる。無事故100%を目指すとともに、万一の備えも怠りなくというところだ。

土屋 武之 鉄道ジャーナリスト

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つちや たけゆき / Takeyuki Tsuchiya

1965年生まれ。『鉄道ジャーナル』のルポを毎号担当。震災被害を受けた鉄道の取材も精力的に行う。著書に『鉄道の未来予想図』『きっぷのルール ハンドブック』など。

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