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「技術の日産」を象徴する名車たちのヒストリー 対照的なトヨタの存在、最先端のEV技術は健在

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1969年発売の「フェアレディZ(S30型)」(写真:日産自動車)

そして日産を代表するスポーツカーが「フェアレディZ」だ。オープンカーのフェアレディから、ファーストバックのスポーツカーとして1969年に誕生して以降、日本はもとよりアメリカでそれぞれの世代が人気を博し、伝説的ともいえる存在感を今日も持つ。トヨタからは1967年に「2000GT」が先に登場しているが、そちらは1代限りで終わっている。

市場動向や競合の様子などを加味しながらも、トップダウン的に技術を押し出して商品性を高めてきた日産の各車は、それぞれに人生の思い出と深く関わりを持つことが多いのではないだろうか。

セドリック/グロリア、そしてフーガへ

1975年発売のセドリック(写真:日産自動車)

そのなかには、「セドリック」と「グロリア」も含まれるだろう。セドリックは日産の最上級4ドアセダンであり、グロリアはプリンスから販売される競合車であった。それは両社の合併により、セドリック/グロリアという兄弟車種の関係になった。両車は、のちにまったく同じ車体やエンジンの仕立てになったが、それぞれの車名を残す形で存続し続け、“セド・グロ”と呼ばれ親しまれた。ただ、ルノーとの提携後、「フーガ」に名を改めることになる。

スカイラインは継続したが、一時、インフィニティのバッジをグリルにつけるなど、日産を代表する車種であるという価値を手放したことがあった。

2004年モデルのフーガ(写真:日産自動車)

セド・グロがフーガとなり、スカイラインが日産ではなくインフィニティのバッジを使ったあたりから、日産車を選ぶ意味が薄れだしたように思う。

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【ルノーとの提携後に生まれた「リーフ」の存在】

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