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「技術の日産」を象徴する名車たちのヒストリー 対照的なトヨタの存在、最先端のEV技術は健在

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ハコスカの愛称でも知られる、1968年発売の3代目スカイライン。GT-Rが設定されたのも、このモデルからとなる(写真:日産自動車)

プリンス時代のスカイラインGTがレースで活躍し、それが日産時代となってからのGT-Rにつながる。4ドアの乗用車として実用性を満たしながら、同じ車体を使ったGT-Rが高性能車として車名を牽引した。GT-Rは高額で手に入れられなくても、その血筋がつながるスカイラインGTに乗れば、胸を張り、誇りを持って運転できるというわけだ。

レースシーンで活躍した名車たち

1967年に発売された「ダットサン ブルーバード(510型)」(写真:日産自動車)

ひとつ下の車格では、「ブルーバード」も多くの人々を魅了した。こちらもレースで活躍したほか、アフリカのケニアで開催されるサファリラリーに優勝し、その活躍ぶりは、石原裕次郎主演の映画「栄光への5000キロ」として公開され、名車の誉れを得た。ことに“510(ゴー・イチ・マル)”と型式番号で親しまれた3代目は憧れの的であり、人気を呼んだ。のちに、その面影を継承した6代目の“910”がモデルチェンジで登場すると、人気を盛り返した。

1970年発売の2代目「ダットサン・サニー(B110型)」(写真:日産自動車)

「サニー」も、レースでの活躍が人気を牽引し、より上級な雰囲気や装備を備えた「カローラ」ではなく、サニーを選ぶ理由がそこにあった。クルマ好きが選ぶのがサニーだと評価された。

1988年、ラリー競技のための高性能ベース車として登場した「マーチR」。日本初のスーパーターボエンジンを搭載(写真:日産自動車)

トヨタ「スターレット」に対抗した小型ハッチバック車が、日産「マーチ」である。海外では「マイクラ」と名付けられ、大衆車の1台として存在感を得ている。初代は、ラリー競技向けに、ターボチャージャーとスーパーチャージャーの両方を装備するマーチRという車種を設け、リッターカークラスと分類された小型ハッチバック車でさえ、高性能化の技術を盛り込んだ選択肢を出現させて、技術の日産ぶりを発揮した。ルノーと提携後の3代目は、欧州車風の走りに加え、色とりどりの外装色や外観の独自性などで高い人気を得ている。

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【2000年代に入り、日産車を選ぶ価値が薄れていく】

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