人類が失った「野生スキル」を取り戻すには? 古代ギリシャの羊飼いはすごかった

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基点となる舞台は、「英雄たちの島」と言われるギリシャのクレタ島。第二次大戦の後にあるナチスの高官は「ギリシャ人の信じがたいほど強力な抵抗に遭わなければ、ドイツのロシア侵攻に致命的に遅れることはなかった」と嘆いたのだという。

このように聞くと、さぞかしクレタ島の兵士は精鋭揃いだったのかと思われるかもしれない。しかし、そこにいたのはギリシャの羊飼いたちと英国の若いアマチュア兵士の一団だけであった。彼らは特殊な訓練を受けたわけでも、勇敢さで知られていたわけでもない。ただひとつ古代の技術を習得していただけなのだ。

英雄は勇敢だからなれるのではない

ナチスの軍勢が侵攻して来た時、羊飼いは一夜にして山を走るレジスタンスの伝令に変貌を遂げた。30キロの荷物を背負って雪に覆われた崖をよじ登り、ゆでた干し草だけのわずかな食料しかとらずに夜を徹して80キロ以上を走り抜いたという。

そんな彼らの足取りを追いかけるだけで、英雄というもののイメージは大きく覆される。英雄の技術とは勇敢であることではない。要求にかなう能力があることであり、勇敢さとは無関係のものなのだ。必要であったのは、最適な栄養、肉体のコントロール、そして心を整えること。

クレタ島の英雄たちは、糖の即効性に頼るという現在ありふれた手法ではなく、体内の脂肪を燃料にする方法を身につけていた。私達の身体の約5分の1は、蓄積された脂肪によって構成されている。これを燃料として使うには、糖を減らし、心拍数を下げることだけを実践すればよい。

また、クレタ人の信じられないほどの脚力は、クレタ走りと呼ばれる古来のしなやかな走法に由来する。地表を歩かず、地面に弾み、軽業的な流れに乗って飛び跳ねていき、地球を着地点というより跳躍台として扱う。ふざけ半分のように見えて、恐ろしく効果的なのだ。

さらに彼らは、筋肉で身体を大きくすることもなかった。代わりに頼りにしていたのが、身体のゴムバンドともいえる強力な結合組織、筋膜の無駄のない効率的な力である。筋膜、つまり皮膚の内側で身体を包んでいる繊維質の結合組織を頼ったのだ。

クレタ島民がこれらのスキルを長らく維持できたのは、交通の便が悪かったために食生活が変わらず、自給自足の生活を続けてきたからである。そしてもうひとつの要因は、意外なことにギリシャ神話を通して技芸が継承されてきたからなのだという。

このナチュラルムーブメントと名づけられた「自然な動き」こそが、かつて人類が知っていた唯一の動き方で私たちが今、最も身につけるべきスキルである。しかし現代人にいきなり、ギリシャ神話の時代や、狩猟採集民の生活に戻れと言われても現実的には困難が伴うだろう。しかし、太古のスキル獲得を現代流にアレンジした手法はいくつも存在する。

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