新幹線「途中駅」になった長野が栄える理由 「第2の開業」がもたらした市民の変心

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北陸新幹線の開業が御開帳の参拝者増加や経済効果の拡大にどの程度、寄与したのか、また、北陸新幹線が長野市エリアや長野県をどのように変えていくのか、これから慎重にウオッチし、分析していく必要がある。ただ、効果の有無や程度はさておき、御開帳を契機として、危機感をバネに地元の結束が固まり、同時に外部へのアピール強化が進んだ経緯は、以前、筆者が報告した青森県八戸市や富山県高岡市の事例に通じるものがある。「お金と人数」だけでは測れない質的な変化に注目したい。

その意味で、長野新幹線の開業前後の変化については、地元で興味深い指摘を聞いたことがある。空港を持たない長野市はかつて、東京まで在来線特急で約3時間を要し、「時間距離で東京から最も遠い県庁所在地」と言われた。しかし、長野新幹線はその距離を最短79分にまで短縮した。筆者が2004年にヒアリングを行った、当時の長野市内の経済関係者は「市民の意識が準都民化した」と分析した。

「開業前、市民にとって東京は遠くにある大都会だった。しかし、都心まで1時間半足らずの日帰り圏となったことで、行動パターンと意識が変わった。例えば土曜の昼すぎに新幹線で東京へ向かい、買い物と夕食を済ませ、その日のうちに帰ってこられる。都下と時間距離は変わらない。自分たちはいわば東京の郊外に住んでいる、という感覚を持つようになった」――。彼はこのような趣旨の自説を語り、さらには、市民意識の変化が投票行動の変化につながって長野県政の一大転換をもたらした、という仮説にも言及した。

今となっては、これらの仮説を検証するすべはない。だが、筆者にとって、新幹線の利用者や観光客の増減を超えた、市民意識や地域の質的な変化に目を向ける必要性を、強く感じさせられた経験となった。

「北陸へのドア」開く

今回の開業を挟んで何度か長野市を訪れ、漠然と浮かんできたのは、「北陸へのドアが開いた」というイメージだった。

地図の上では、長野市と北陸は目と鼻の先に見える。しかし、長野以北の旧信越本線(現・しなの鉄道、えちごトキめき鉄道)は単線で優等列車も少なく、住民の行き来はほとんどが自動車頼みだった。しかも、道路網も北アルプスに遮られ、長野市―富山市間は上信越道・北陸道経由で約2時間半を要する。旅客流動も小さく、住民は互いに「近くて遠い隣人」と形容する。

だが、北陸新幹線は長野から富山への所要時間を最短2時間37分から45分へ、金沢までは3時間14分から1時間5分へと劇的に短縮した。そして、善光寺の御開帳が示したように、長野―北陸間で新たな需要が生まれ、JR東日本も注目している。

JR東日本長野支社は6月、北陸新幹線を利用し、金沢で途中下車できる京都・大阪行きの旅行商品を発売した。北陸側も、長野県を市場として強く意識している。長野市内を、富山空港の利用促進広告を載せたバスが走っているだけではない。たとえば、これまで新潟県上越地域に向かっていた長野市エリアの海水浴客を富山市一円に取り込もうと、「富山の海とすし・魚」を合言葉に、すしのクーポン付き日帰りパックの販売が始まっていた。

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長野の歴史を変えた長野新幹線「あさま」

長野新幹線の時代、長野市は鉄道網の上で袋小路に近い環境にあった。しかし、北陸新幹線開業に伴い、東西日本を結ぶ新たな大動脈の真ん中に位置する形になった。このポテンシャルをどう生かすか。筆者は未調査ながら、北陸新幹線で長野の隣駅に当たる飯山駅の利活用も、人口減少社会の再設計の鍵を握る可能性がある。

一方で、懸念材料も少なくない。長野市内では、商業機能が駅ビルに集中することへの不安も聞かれた。県全体でみれば、信越本線から第三セクターとなった「しなの鉄道北しなの線」(長野―妙高高原間、37.3km)の経営の行方も気がかりだ。

今後、金沢や富山を軸に広域的な旅客流動や観光ルートの再編が進むなかで、もっぱら首都圏を意識してきた施策はどう変化していくのだろう。ささやかながら調査を継続したい。

櫛引 素夫 青森大学教授、地域ジャーナリスト、専門地域調査士

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くしびき もとお / Motoo Kushibiki

1962年青森市生まれ。東奥日報記者を経て2013年より現職。東北大学大学院理学研究科、弘前大学大学院地域社会研究科修了。整備新幹線をテーマに研究活動を行う。

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