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もし、SNSが「ある/ない」時代に学生期を送ったら Z世代と非Z世代とでつくられた「Z社会」の構造

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  • 中園 宏幸 広島修道大学商学部准教授
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ソーシャルメディアには、自分の世界を拡げるという側面があると同時に、世界が見えすぎてしまうという側面もあります。そのため、自分の学生期にソーシャルメディアがあってほしかったと思う方もいれば、そのようなものがなくて本当によかったと思う方もいらっしゃるでしょう。

前者ではたとえば、自分の好きな趣味について現実世界では話せる相手がいないけれども、ソーシャルメディアでは多くの同志と語り合えるということがあります。まさに現実世界では閉じていたものが、ソーシャルメディアのチカラによって開かれて新たなコミュニケーションを生み出すわけです。ひと昔前の「オタク」という存在はまさにそれでした。

その一方で、世界が見えすぎてしまうことによって、閉じていたからこそ保たれていたものが失われることもあるでしょう。この学校ではイチバン詳しいという自負があったけれども、ソーシャルメディアを介することによって、もっともっとすごい人を目の当たりにしてしまい自信を喪失するようなものです。

ソーシャルメディアの光と影の側面を簡単に示してみました。ほかにもソーシャルメディアを介して何ができるようになったのかを挙げていくと、それだけで一晩語り合えるほどの愛憎半ばするものがあるでしょう。

ローカルな振る舞いがグローバルに見つかってしまう

ここで大事なことは、「ソーシャルメディアが学生期にあったのかどうか」です。

学生というものは、多くの時間がありながら、基本的にはローカルに閉じられた存在です。資金的な制約や人間関係的な制約によって、基本的には学校や大学を中心としたローカルの世界がすべてです。しかし、ローカルの世界がすべてであったはずが、ローカルとソーシャルメディアとが接合されているのが「いま」なのです。

現実世界のローカル性というものは、思っているよりも無自覚なものです。そこで生まれ育ち、当たり前に過ごしてきたからです。現実世界でローカルに生きていると、グローバルに開かれているということを意識する機会は滅多にありません。

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【開かれたネットワークの閉じられたコミュニティ】

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