東日本大震災復興の議論に欠けているもの、ソフト面の防災にも目を配るべき

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 片田氏は、岩手県釜石市の防災・危機管理アドバイザーを務める。その一環として、市内の小学校9校、中学校5校の防災教育に8年前から関わってきた。震災が発生した3月11日、釜石市(人口約4万3000人)の港には約9メートルの津波が押し寄せた。釜石湾の入り口に設置されていた湾口堤防は、強固な造りという点では世界有数と言われるものだったが、瞬く間に破壊された。

市内は、住宅が約3190棟倒壊するなど壊滅的な打撃を受けた。死者は852人、行方不明は約470人にも及んだ(5月29日警察庁まとめ)。
 
 それにもかかわらず、小学生は1927人、中学生は999人が助かった。当日、病気により学校を休んでいた子など5人の小中学生が亡くなったものの、生存率は99.8%と非常に高く、「釜石の奇跡」と言われるようになった。

その防災教育を現地に出向き、あるときは教職員に、あるときは児童らに直接、実践的に指導してきたのが片田氏である。それが、「命を主体的に守ること」だった。

“世界一の堤防”が住民を死に?

片田氏は、震災で破壊された各地の堤防などを元の姿に戻すことは急ぐべき、という考えだ。その意味では自身をハード防災の「推進派」と位置づける。

国土交通省によると、岩手、宮城、福島の3県の海岸沿いの堤防計約300キロメートルのうち、その6割に当たる約190キロメートルが全壊もしくは半壊している。これら沿岸は、いまや津波や高潮に無防備な状態になっている。今後、梅雨や特に台風の時期の高潮に備え、補強工事をすることは急務である。

しかし、そこからさらに踏み込んで人工地盤を造るなどハード防災を推し進めるならば、まずは3月11日の震災前を振り返ってみる必要があると指摘する。「この地域のハード防災のレベルは、すでに相当に高いものであった」と言う。

たとえば、岩手県の大船渡、釜石、宮古、久慈湾には、それぞれ「湾口防波堤」が作られている。1933年の昭和三陸地震、60年のチリ地震、68年の十勝沖地震の際にも、津波が三陸海岸を襲い、多くの命が奪われた。そのために湾口防波堤を設けることで、大きな波が押し寄せてきても港の中や市街地まで届かないようにしようとしてきた。

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