迷走する「NHKネット受信料」上層部の狙いは何か 総務省の有識者会議は一旦区切りがついたが…

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議論が進むと待たれたのが、NHK自身がネットで何をやりたいのかだ。ただ気になったのが、NHKでは2023年1月に会長が交替したことだ。ぐいぐい改革を推進し功罪両面あった前田晃伸氏が退任し、元日銀の稲葉延雄氏が会長に就任。それに伴い、NHK上層部の人事も一新された。副会長には井上樹彦氏が就任し、NHKの実務面でのトップとなった。

2023年5月26日の第8回「公共放送WG」にはその井上副会長が出席してNHKのネット業務についてプレゼンした。有識者たちは期待していたと思う。それまでの会議でのお膳立てにNHKはどう応えるのか。

ところが井上副会長のプレゼンは何を言いたいのか曖昧模糊としたものだった。「放送と同等の効用」をネットで実現する、とわかりにくい言葉を駆使しているが、簡単に言えば「放送と同じこと以外やらない」と言いたいようだった。

このときの有識者たちの失望ぶりは、リモートで行われる会議でもはっきり伝わってきた。有識者たちの質問への井上氏の回答も要領を得ない。進行を務める有識者が「今のは回答になってません」と苛立ちを込めて言ったのが強く印象に残っている。これまでの議論を台無しにしたと言ってもいい。

「NHKプラス」でお金を取ることしか頭にない

この井上副会長の態度に疑問を持ち、NHK関係者に密かに取材したところ、以下のようなことがわかった。前田体制は強引な改革に賛否ありつつもネット業務には積極的だった。稲葉体制で一新された上層部は放送至上主義者が中心。ネット業務は放送に付随するものと捉えている。

彼らは放送をネットで配信する「NHKプラス」でお金を取ることしか頭にない。テレビを持っていない人でも、ネット単独で受信料を取れるようにするのが上層部の目的。それ以外のネット業務には興味がないらしいのだ。

「それ以外のネット業務」をNHKは「理解増進情報」と定義づけて「NHK NEWS WEB」のようなテキストニュースをはじめさまざまな取り組みに挑んできた。2015年からNHKは「公共放送から公共メディアへ」を掲げ、ネットでも公共的な情報発信の回路を次々に生み出してきたのだ。

井上副会長のプレゼン以降、「公共放送WG」に毎回のように日本民間放送連盟(以下、民放連)と日本新聞協会(以下、新聞協会)が出席し、なぜかこの2つの業界団体の意見を聞く場になっていった。民放連はもともと会議のオブザーバーの位置付けだったが、新聞協会は何の立場で出ているのか謎だった。

彼らの主張は明快で、NHKのネット必須業務化には反対。そして2023年8月に入ってから特に強く打ち出したのが、NHKのテキストニュース撤退論だ。NHKが受信料でテキストニュースを配信するのは民業圧迫であり、中でも地方紙はデジタル化に手をつけたのがここ数年で、NHKの地方局のテキストニュースにビジネス機会を奪われているというのだ。

こうした主張を、何のデータもエビデンスも出さずに堂々と打ち出すので、議論にも何にもならない。そもそもニュースはいくつかのニュースポータル経由でほとんど流通している。NHKはそうしたポータルでは配信していないので、ニュースの流通量は新聞発のもののほうが多いに決まっているのだ。NHKのテキストニュースが地方紙を圧迫しているというのは言いがかり以外の何者でもない。

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