70歳の3人組が高校時代の応援団を再起する日 小説『おかげで、死ぬのが楽しみになった』第1話(3)

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開店時間を過ぎ、入ってきた男性客に、板垣が杖を向けた。私たちと同世代くらいだろうか。突然注目の的となった男性は、ひどく驚いた様子で、手に持っていたキャップを落とした。

「板垣、人様を勝手に指さすな」

「指じゃねえ、杖だ」

「杖も駄目だろ」

板垣の代わりに頭を下げ、その場を取り繕う。

「わざわざ僕らに託すってことは、この3人が知ってる人かもね」

宮瀬のペンが止まる。「もしかして安永先生とか?」

高校の担任だ。

「とっくに死んでるだろ」

板垣がしかめ面を作る。そういえば安永先生と板垣は犬猿の仲だった。「安永の冗談は笑えない」と悪態をついていたのを覚えている。

その後も、巣立が遺書に託してまで応援したい人物は思い当たらなかった。

「応援団は普通、所属している団体を応援するものだけどな」

「もうどこにも所属してないもんね」宮瀬が肩をすくめた。「学校も卒業、仕事も引退、僕にいたっては家庭もないし」

「美容師、引退したのか?」

「理想の美しさを提供できなくなる前に、自ら幕を引こうかと」

美しいままで散る。髪だけでなく、生き方もチェリーブロッサムらしい。

「つまり俺たちは全員、『無所属、老人』だな」

板垣が偉そうに言う。

「選挙にでたら、一発で落ちるだろうよ」

応援すべき対象がいないのは、社会の中で居場所がないことを示されているようだ。

「また後で考えればいいか」

と、そこで閃いた。「国は? 皆、日本には所属してるじゃないか」

「ごめん。実は僕、フランス国籍」

「俺も生まれは四国だし、巣立なんて今、天国だろ」

「多国籍だことっ。というか、四国は日本だし、天国は国じゃない、概念だ」

すると板垣が目を見開き、「そうか。あったぞ、俺たちの所属」と杖を連打した。

「人類だ」

「はあ?」

「フランスだろうと四国だろうと天国だろうと、人類には属してるだろ? 巣立が応援したい奴だって、人類には違いねえ。俺が、人類を丸ごと応援してやんよ」

そして、得意げな顔で名乗りを上げた。

「全人類、もとい、全ホモ・サピエンスにエールを送る応援団。その名も──シャイニング!」

この横文字の響き、嫌な予感がした。案の定、宮瀬も希さんも惚けた顔で復唱している。

「どっかにいいホモ・サピエンスはいねえか」

すると希さんが、「ちょうどいいホモ・サピエンスを知ってますよ」と切り出した。同じタイミングで、板垣の視線が壁に貼られたチラシを捉える。

おかげで、死ぬのが楽しみになった
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「希、あれはなんだ?」

「えっ、ああ、ミラクルホークスっていう少年野球チームのメンバー募集チラシです。友達がコーチをやってるんで」

「ミラクルホークス。奇跡が舞い降りてきそうな、熱い名前じゃねえか。気に入ったぜ。さっそく連絡を取ってくれ。シャイニングの応援第一号に選ばれましたよってな」

板垣がテーブルをたたく。気圧されるように「はい……」と希さんが頷いた。

「野球応援で復活って、映画みたいな展開だね」

宮瀬がとろけたように目を細め、手のひらを合わせた。

高校時代に戻れる──。そんな期待が団室を満たし、遺書の謎を隅に追いやった。

「また後で考えればいいか」

ミックスジュースのビンを口に運ぶ。が、いつの間にか空になっていた。

(7月17日配信の次回に続く)

遠未 真幸 小説家

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とおみ まさき / Masaki Tomi

1982年、埼玉県生まれ。失われた世代であり、はざま世代であり、プレッシャー世代でもある。ミュージシャン、プロの応援団員、舞台やイベントの構成作家を経て、様々な創作に携わる中で、物語の持つ力に惹かれていく。『小説新潮』に寄稿するなど経験を積み、本作を6年半かけて書き上げ、小説家デビュー。「AかBかではなく、AもあればBもある」がモットーのバランス派。いつもの道を散歩するのが好きで、ダジャレと韻をこよなく愛す。

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